銀河砂漠の国 Episode 4
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銀河砂漠の国 Episode 4

執筆:ラボラトリオ研究員  畑野 慶

 時刻が翌朝になっても夜は明けなかった。アンナ・マリーアは楽観視せず、どのように太陽が盗まれたのかを探ろうと、犯行現場たる屋上に戻った。外から招いた群衆が去った後の、がらんとした光景。だが、尖塔の前に小さな集まりが出来ていた。話によると、男たちが足場に乗り数人がかりで引っ張っても、刺さった矛はびくともしなかったそうだ。彼らの背丈よりも高い場所で、刀身がすっぽりはまり込んだように、壁には微小なひび割れすらない。飛び交う意見の内、尖塔の壁を壊して抜き出す案が出たが、そら恐ろしいと却下された。

「もう止めておこう。無理やり引き抜くべきではない。天罰が下る」

「何を言うか。この夜空も手品に決まっている」

「本当にそうだとは誰も言い切れまい。今危険を犯すべきではなかろう」

 同意が多数を占めた。そして立入禁止の縄が周囲に張られた。壁からぽつんと突き出た長い柄は、奇妙な芸術作品のように佇んだ。

 アンナ・マリーアはその日のうちに、家臣を連れ当代随一の国文学者を訪ねた。ジュセッペが言っていた神話の原文について教えを請う為である。たしかに原書では女神が何を使ったか伏せられているそうで、所蔵されている図書館まで共に足を運んだ。一般には公開されていない重要文化財であり、特別な許可を得て見せてもらった。国文学者ですら十年ぶりだと言い熱くなっていた。原書は複数の神話を収めた短編集である。黄ばんでいる上にところどころ落丁が見られ、不完全な形で現存していた。だが、かの女神の物語は、奇跡的にたった一箇所を除き無傷なのだ。

「ここです。黒く塗りつぶされています。文脈から長い棒のようなものを使ったと読み取れますが、具体的にそれが何か、仰る通り消されているのです。誰が何の為に、しかもなぜ分かるように消して他を残したのか、未だ解明されていません。私は昨日家にいましたが、今は不謹慎にも、国中で噂されていることに胸を高鳴らせています。どうか王族の皆様、神話の謎も明らかにしてください。新たな国造りに私も出来る限り協力いたします」

 塗りつぶされた文字を科学的に解読する試みも上手くいかなかったそうだ。特殊な薬品が使われた可能性。善意なのか悪意なのか、はたまた神の意志なのかと、国文学者は虚空を仰いだ。

 彼と別れた後、次は著名な手品師の家に向かった。ジュセッペが引き起こした超常現象に対する見解を尋ねようとした。城壁の外である。人心が乱れ、右往左往の混沌になっていた。妹のアンナ・マリーア一行だと気付かれれば、無用な衝突になり兼ねず、素性を悟られない格好でつつましく歩き、慣れない小路に迷った。星空は立ち並ぶ家の高い壁で細長く切り取られている。漸く探し当てた家の扉には、面会謝絶と書き殴られた紙が貼ってあった。目を見交わしながらも扉を叩いた。控えめに呼び出す声も発した。すると頭上から「帰れ!」と怒鳴りつけられた。小窓から顔を出した男は取り付く島もない。すぐにさっと引っ込んだ。かつて見た笑顔振りまく姿との対比に気難しさを感じた。歩いて来た男に声を掛けられ、昨日からここには来客者がひっきりなしで、すべて門前払いだと聞かされた。これは手品なのか?と、皆思うことは同じなのだ。

「結局のところ王が悪い。いや、もうただの罪人か。あの馬鹿息子が国を駄目にした。我が物顔で太陽の如く権力を振るい、その悪政の報いとして地に落ちた。神は我々から太陽を奪うことでそれを示した。ジュセッペという男は神の化身に違いない」

「いつ太陽が戻るのか憂慮しています」

「あの罪人に、自ら神に宣告した裁きを与えるべきだ。発した言葉は自分に跳ね返ってくる。そうだろう? 因果応報の裁きによって太陽は空に戻ってくる」

 当たり障りのない返答を返して立ち去ろうとした時、「実は王族なんだろう?」と小声で訊かれた。動じずに視線で肯定を示した。

「お前たちが動かなければ、ここの連中が立ち上がる。急いだ方がいいとだけ忠告しておこう」

 言い終え来た道を戻る男が暗がりに消えると、また頭上から怒声を浴びせ掛けられた。入れ替わるように行き違った者たちも、扉を叩き追い払われていたが、壁を素早く駆け上がった灰色の猫は埒外である。目を光らせ、にゃあと勝ち誇った声を上げ、小窓から中に飛び入った。

 翌日も日の出がなかった。夜は全方位の地平線の彼方まで続いている。気温が増々下がり、雲一つない星空は冴え返っている。銀河の只中に乾いた大地が浮かんでいるようだ。国は大きく傾き、銀河の谷底へ滑り落ちそうだ。人々はまばゆい光を求めた。それは一刻も早い死刑を求める声に転化して、僅か一日で激化した。城壁の内側でも。絶対に許さん!、火炙りにせよ!などと、思い思いの横断幕を広げ、王宮の前は大騒ぎになっていた。悠長にまともな裁判を期待する者はいない。

 その声を聞きながらアンナ・マリーアは苦悶した。死刑強行に反対する思いが、兄への情であるか、国を考えてのことであるか。この期に及んでも、前者を完全に否定出来なかった。情けなくも、それでも後者を、国の将来を思い、このまま世論に押し流されるべきではないと、胸の内ではっきりさせた。きちんと裁判を行う為に、まずは乱れた人心を正す為に、ジュセッペを探し出すしかないと思った。手品か否かを問うのではなく、助けてほしいと頭を下げるつもりなのだ。王宮内では、死刑を執行したと装い幽閉し続ける案が出たが、それには反対する者と口を揃えた。国民を欺くべきではないと。

「ではどうする?」

「時間をください」

「その時間がないんだ」

 アンナ・マリーアは少し俯き目を閉じた。即座に定めた期限は三日後である。

「ジュセッペを探し出す時間として、三日ください。私が太陽を取り返してきます」

 力強い宣言とは裏腹に、当てのない無謀な挑戦である。国内ならいざ知らず、ジュセッペが国を離れていれば、砂海から砂金を掬い取るようなものだ。そもそも出自不明の男である。どこどこに普段現れるといった情報も寄せられていない。アンナ・マリーアは反対されることを承知の上であったが、幾人も協力者として名乗りを上げ、大勢で別れて探すことになった。三日経っても見つからず、太陽も戻らない場合は、緊急の特別裁判を執り行うことになった。一度で結審、即日処刑の、裁判とは名ばかりになるものだ。すぐに王宮の外にも伝えられ、死刑!死刑!の大合唱が沸き起こった。

 協力者の中にはロレンツォもいた。アンナ・マリーアは自身の同行者として彼を真っ先に指名した。引き締まった顔つきで承諾した彼に捜索部隊の編成を一任して、慌ただしく準備を進める中で、彼から憂慮していることがあると打ち明けられた。

「なぜ分かれて探すことにしたのでしょう。アンナ・マリーア様を出し抜こうとしている可能性があります。恐らく狙いは、先にジュセッペを見つけ出して手柄を上げること。延いては、あの強大な力を手にすること。誰も見つけられなければ、アンナ・マリーア様に責任を押し付けられます。いずれも次期王の座を狙ってのことでしょう。その根拠に、情報収集に長けた人材をそれぞれ囲い込んでいます」

「そうですね。不穏な動きを私も感じています。仲間を疑うべきではありませんが」

「ジュセッペをすんなり釈放したのは、これを狙ってのことかもしれません。今思えば違和感がありました。あの時制止するべきだったと後悔しています」

「各々の野心を私は否定しません。自身の欲を満たすだけのものでなければ。言うまでもなく私たちは、己の野心と向き合いながらも、国の為に何が出来るかを考えなければならないのです」

 まずはジュセッペの肖像画を手早く作成した。アンナ・マリーアには絵心がある。ロレンツォたちと記憶を辿り、修正を幾度か加えて出来上がった二つは、化粧を施したものと、そうではない無精髭のものである。聞き込みは見知った城壁内ではない。外の東側に狙いを定めた。太陽が盗まれる前後の、アクアを思い返してのことである。東の空から飛んできて、同じ方角に飛び去った。西は太陽を取りに向かった時だけである。水色の鳥やら喋る鳥やらと皆が言った。アクアという名前は、地下牢で接見した者しか聞いていない。

 長い夜に沈む翌日も、アンナ・マリーアは東側を中心に駆けずり回った。身分を隠さず、怒鳴られたり小突かれたり物を投げられたりしながら手がかりを求めたが、見せる肖像画に手応えはなかった。陰気な寒さに加え、どこへ行っても闇雲でしかなく、出口のない迷路のようで不安が募った。一旦戻ろうとしても、城壁内へ続く上り坂に出るまでひどく迷った。城門の前では激しい言い争いになっていて、仲介に入ったロレンツォが道を開けてくれた。留守番の家臣たちに出迎えられると、出掛かった弱音を飲み込んだ。自分宛てに一通の手紙が届いていた。届けてきた古参の飛脚は、王宮への出入りを許可されていて、平常通りに淡々と任務を遂行していたそうだ。差出人の名前は、アクアと地味な封筒に記されていた。教養高い達筆である。

「アンナ・マリーア様、覚えていますか?」

 はっきり覚えていた。実際の差出人はジュセッペかもしれないと思い、その場ですぐに開封した。中身は一枚の便箋に、の尻が指し示す方へ、とだけ書かれていた。奇妙な文章である。黒く塗りつぶされてはいないが、冒頭は空白による伏せ字に違いない。

「誰の尻・・・でしょうか?」

 家臣にそう訊かれ首を横に振った。アンナ・マリーアは矛の尻だと思った。突き刺さったままのあれである。

「伏せられているものは矛でしょう」

「あ、なるほど」

「罠かもしれませんが、矛の柄尻が指す方へ行ってみるしかありません。私たちが目星を付けた東でもあります。もっと遠くに、国を出てまっすぐ進むのです」

 戻って来たロレンツォに話すと、駱駝を七人分手配してくれることになった。アンナ・マリーアは紅一点である。駱駝の扱いは訓練を受けている。ロレンツォとその部下たちを率いることになる。国外は男に任せましょうなどと声が上がった。

「生意気と思われるかもしれませんが、瀬戸際に立つ今、女を言い訳にするつもりはありません。形振り構わず、責任をもって、足手まといにならないように取り組みます。ですから皆さん、今後もどうか力を貸してください。共に国を立て直しましょう」

 一人ひとりと握手を交わした。涙する女の家臣とは抱き合った。本来なら宵の口に当たる時刻である。ひと眠りして日を跨ぐつもりなどなかった。万が一の戦闘に備えようとするロレンツォに、武具は最小限にしてほしいと伝えた。威嚇してはいけないということだ。あくまでも交渉に行くということだ。目的をはっきりさせ、柄尻の先をきちんと確認に向かった。屋上には誰もいなかった。矛の柄はぶら下がり棒のように空と平行である。柄尻を背にしてまっすぐ東を見た。目印になりそうな赤い星が、ひと際煌々と輝いている。

「まるで吸い寄せられるようです」

 ロレンツォの言葉に頷いた。闇雲の狭間に光明を見出した。届いた手紙と自身の解釈、そして仲間を信じた。夜に溶ける地平線の彼方の、遠い場所であることを覚悟したが、辿り着けない場所ならば、手紙が届くはずもない。疑いは足を鈍らせると思った。地図上に定規を当てて引いた線は、国外を示す余白で途切れている。地図なき砂海を進むことになる。

 怯むな国の為に!私は兄の過ちも背負って前を向く。

(つづく)

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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。


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