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銀河砂漠の国 Episode 3

執筆:ラボラトリオ研究員 畑野 慶

 翌日、未明のうちから王宮の外に長蛇の列が出来た。ジュセッペに対する憎悪や不信や期待などが混ざり合い、人々は複雑な心境である。興奮もしている。本当に太陽が盗まれても、火炙りの刑が強行されても、国の大事件に変わりはない。王かジュセッペか、どちらの味方になるともなく、どちらが勝つかを彼らは目撃して、或いは後ろで見えなくてもその場を共有して、生き証人になろうとしていた。ただの見世物ではない。国の重要な転換点である。

 西側の観覧席には、日除けの白い天幕が張られた。弓の名手が脇に控え、前日と同じ顔ぶれが正午前に揃った。一方の立ち見は、立錐の余地もなく増えている。規制線の紐が十尺ほど前に出た。王がお立ち台に上がると、無精髭のジュセッペが自身を連行する二人に盾突きながら現れた。後ろ手を縛るものは鍵付きの太い鎖である。

「諸君、ご機嫌いかがだろうか。私は今、あまりの暑さに不愉快である」

「良く言うぜ、日陰にいるくせに」

「諸君もさぞかし不愉快に違いない。すべてこの男のせいである。嘘は泥棒の始まりと言うが、おそらくその通りであろう。そして嘘で終わるのだ。この男の最後は、お粗末な嘘の証明になる」

「嘘じゃねえって」

「さあ、恥を目に焼き付けてやるぞ。とんち話か? 披露してみよ。もうじき正午だ」

「少し待てよ。腰を抜かす準備でもしてるんだな。そんな高いところに立ってると危ねえぞ。それとよ、お前ら邪魔だ」

 ぴったりと立つ二人を少し離れさせ、「お、来た」と、見上げた先からアクアが飛んできた。くちばしに黒い布をくわえている。ふいに放たれた弓矢を上空でひらりとかわして、場内は悲鳴交じりにどよめいた。

「おい!何やってんだ。鳥に罪はないだろう」

「おお、あの鳥か。別の不審物だと思っての誤射である」

 放った家臣は白々しく頭を下げた。はっ!と笑ったジュセッペは、もぞもぞと動きながら首をねじった。後ろ手を覗き込む、逆の肩先にアクアが舞い降りた。

「この鎖を外してくれよ」

「外してやってもいいが、お願いしますと首を垂れることだ」

「ひれ伏せ悪党」と、王を真似た声色でくちばしが動き、アクアはくわえていた布を落とした。手巾ほどの小さなものだ。ジュセッペは舌打ちをして、「お願いしゃあああっす」と、投げやりに頭を下げた。

「なんだその態度は?」

「あっ、大丈夫。外れたわ」

 言うや否や、ぽおんと真上にそれを投げた。足元の黒い布をさっと拾い上げ、飛びかかって来た二人の間を華麗にすり抜けた。空振った彼らは勢い余り激突。加えて頭上からは鎖と鍵の鉄槌である。どよめきに混ざったのは、先程と異なり歓声である。だが、ところどころ悲鳴に変わった。ジュセッペに弓が向けられたからだ。

「威嚇だとしても下ろせ。俺がよければ善良な国民に当たるぞ」

 王の指示で弓が下ろされると、ジュセッペは黒い布をひらひらと掲げた。何もないと言わんばかりに。そして、ぱん!と音を立てて振った瞬間、伸びるように拡大したそれを、自身の顔の前に垂らした。一瞬の黒子。ちらりと見せた口元には、あの笑顔がべったり施されている。髭はなくなっている。彼は振り返り、化粧が目元まで続いていることを後ろの群衆にも見せた。場内はどっと湧き上がった。王の毎度の身振りでも静まらない中、ぱん、ぱんと、二回手を叩く音がした。響くほどの大きさで。

「では始めましょう!」

 静めたのは、声色を変えたジュセッペである。彼は自信に満ちた佇まいで、背筋をぴんと張っている。太陽は燦々と見下ろしている。聴衆は王族も庶民もおしなべて、敵も味方もなく、固唾を飲んで見守ろうとしていた。

「ところで皆さん、嘘つきは誰でしょうか? 私ではありません」

「おいおい誰だよ」

「この良く喋る鳥です」

「はっ!台本通りじゃねえか」

「どんな嘘をついたかと言うと、彼は盗んだ国宝をすべてお返ししたと言いました。昨日のことです。覚えていますか? 実はあれ、真っっ赤な嘘」

「気づかない間抜けども」

「ああ失礼、真っ赤は語弊がありますね。一点の赤とでも言いますか、すべてではない。お返ししていない物があるのです。さて、それは何でしょう? 国の起源に関する最古の武器です。そこの素敵なお嬢さん、アンナ・マリーア、お分かりですか?」

 観覧席最前列の端、ふいに指名された彼女は呆気にとられた。前日と同様にしゃがみ込むロレンツォは腰を少し浮かせた。

「あれ? その熱い眼差しはもしかして・・・おお、罪深き男ジュセッペ。あなたのうぶな心を盗んでしまったのか。だが、お返ししていないのはそれだけではありません」

「大根芝居ご苦労だな」

「さて、これは何でしょう?」

 そう言って頭上に布を投げた。ふわっと広がったのち、くるりと反転して、重みを孕んで落下したそれを、自身で受け取り開いて見せた。

「おっと間違えた。これは鳥籠ですね」

「はっ!小さすぎるじゃねえか」

 手の平に乗る大きさの、鳥籠を模した鉄製の玩具である。ジュセッペは再び布を投げた。視線を上げず。そして片手で掴み取った。今度は大きな棒状の物体を孕んでいる。

「これは宝物庫の中でひっそり収納されていた、世界最古の武器。ご覧の通りの矛です」

 布の中から現れた矛は、刀身の輝きを失い、全体的に黒ずんでいる。

「お前らに価値は分からねえだろうな」

「そう、非常に不適切な、序列の低い宝になっていた。しかし、それには理由があります。あまりにも強力な武器である為、その存在が歴史から意図的に消されたのです。ただの古い矛、とした上で、うっかり捨てられたり盗まれたりしないように、呪いの歴史を捏造して上書きした。手放そうとした王が非業の死を遂げたなどと。聞いたことありませんか? あったとしても、そんなわけないと軽く考えているのでしょうね」

「だから盗まれていることに気づかねえんだ」

「正直皆さん勉強が足りない。神話も原文で読んだことがないでしょう。先日私達が披露したお芝居、水の女神の物語ですが、あの中には雲を取り払う場面があります。子どもが天に昇る直前ですね。棒のようなもので雲をかき混ぜて取り払ったと、意訳された神話には書いてあります。さて、原文ではどうでしょうか? 実はここ、消されています。何を使ってかき混ぜたか、伏せられているのです」

「諸君、もうお分かりだろう」

「即ちこの矛、というわけです。概念を具象化した形状でありまして、柄がこんなに長い理由は、遠くにあるものを突き刺して動かすからです。例えば雲。そしてもっと遠く。これは銀河の星々をも動かすのです。故に刀身は天から降って来た隕鉄で出来ています。無論使い方を誤れば地獄に落ちる」

「諸刃の剣だ」

 ジュセッペは切っ先を頭上の太陽に向けた。柄を両手で握り、腰を落としてから突き上げ、最後にぐっと押し込むような仕草をした。涼しげな表情は一変。大きく息を吐き、うなり声を上げながら矛を回した。重そうな動きに合わせ太陽も回った。驚天動地である。座っていた者は皆立ち上がり、王は警告されていた通りお立ち台から転げ落ちた。そして太陽は矛と共に振り下ろされた。西に向かって。アクアは飛び立った。辺りは一瞬で暗くなり、真っ昼間に夜がやってきた。満天の星々である。悲喜各々の大声が飛び交い、外の騒ぎも場内に届いた。この場だけ誤魔化されている奇術ではないのだ。ジュセッペは息を切らして膝をついている。立ち見の群衆の中から、西の空を指し示す手が上がった。飛んできた小さな丸い光は、アクアが足にぶら下げた鳥籠の玩具の中に収められている。

「さあ皆さん、これが太陽です。籠にぶち込んでやりましたよ」

 ジュセッペは翳した手の平でそれを受け取り、眩しそうに目を細めた。聴衆を見回して、得意げに胸を張った。

「はっ!取ってきたのは俺だけどな」

「ということで、私は無罪放免。しかも、何を要求しても頂ける約束です」

「ふ、ふざけるな!これは手品だ!」

 王は腰を抜かしたまま敗北を認めず、家臣たちに、今すぐ種を暴け、ぼんやり見ているお前たちが悪い、などと怒鳴り付けた。

「みっともないぞ!」

「そうだみっともない!王の負けだ!」

「みっともない!王の負け!みっともない!王の負け!」

 大合唱を背に受けたジュセッペは、のけ反って振りかぶり、片足立ちで二三歩下がった。その手には矛、逆の手には光の籠。顔は少し化粧崩れしている。王が慌てて伏せると、投げ槍のように放たれた矛は、天幕のすぐ下を真っ直ぐ通過して、尖塔の壁に突き刺さった。ぐさりと刀身が根元まで。長い柄が壁の外に残った。

「私が要求するのは、王の座です。今この瞬間、私は王になり・・・」

「先代を死刑だな」

「いえ、それはいけません。法律に乗っ取り、皆さんに裁いて頂きましょう。私は偉大な王として歴史に名を刻みたい」

「はっ!ぼろが出る前に辞めるしかねえな」

「そう、その通りです。盗人のくせに英雄になった、今のうちに辞めておくべきでしょう。私の功績は、愚かな王を退陣に追い込んだ。これで充分です。後は皆さん、私の後任を民主的にお選びください。私は王を辞任します。驚くなかれ、時代は一瞬で移り変わるのです。私は晴れて自由の身。そこのあなた、私を外まで案内してください」

 前々王となった敗北者は、相も変わらず不遜な態度で家臣に命じた。射殺せ、逃がすな、お前たち首にするぞと。誰一人動く者はいなかった。皆が冷たい視線を返した。時代はまさに一瞬で移り変わったのだ。

「私は太陽と共に姿を消しますが、皆さん心配無用ですよ。明けない夜はありませんから」

 疑いを差し挟む者はいなかった。ジュセッペの力に圧倒される空気感。彼は悠然と手を振りながら去っていった。一方で、前々王は反旗を翻した者たちによって囚えられた。ひどい暴言を吐き、見苦しく抵抗するその姿に、立ち見の群衆は熱狂した。アンナ・マリーアはじっと見守った。ロレンツォは彼女に寄り添った。太陽を失い月も消えた暗がりの中で。星々の輝きは一層際立っていた。

(つづく)

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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。

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