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銀河砂漠の国 Episode 2

執筆:ラボラトリオ研究員  畑野 慶


 あの女神に扮した演者は見つからなかった。共犯者だと王が断じての、大捜索であったが。天井画もつぶさに調べられた。王が「引き剥がせ」と荒ぶった為、家臣たちは天井裏まで入り込む振りをした。部屋のどこにも異変はなく、奇術の種らしきものも見つからず、種も仕掛けもなかったのではないかと口にする者がいた。神格化である。それを強く否定する者は、自分たちの脅威になり得る超人的な力を恐れていた。あくまでも手品でなければならないのだ。


 ジュセッペは王宮の地下牢に幽閉された。張り付いた笑顔の化粧のまま、最も深い独居房である。付き纏って離れない鳥もどす黒い鉄格子の中に入れられ、自由を奪われた。というより、自ら捕まりに来たようなものだ。何か理由があるはずだとアンナ・マリーアは考え、二人の家臣と共に地下牢へ下った。接見を禁じる王の目を盗んで。

 かがり火を持ち、仄暗い最深部に差し掛かると、なにやら悍ましい、けたけたと笑う声が聞こえた。一旦立ち止まったが、怯まずに進み、重い鉄の扉を開けた。声の主はジュセッペであった。さながら鳥と世間話でもするように、腹話術を交えての一人語りで、自ら笑い転げていたのだ。粗野な振る舞いである。さぞかし面白い話なのか、見張りの者は笑いを堪えている。

「あら? お嬢さん、似つかわしくない場所へようこそ」

「おいおい、何しに来やがった」

 声色が入れ替わり、立ち上がったジュセッペの物腰は穏やかである。アンナ・マリーアは更に近づき、等間隔に並ぶ太い縦格子を挟んで向かい合った。格子の隙間には棘付きの金網がびっしり貼られている。

「ここへ私が来たのは、あなたの目的を知る為です」

「私の? ジュセッペの目的? そういうお嬢さんは何者ですか?」

「王の妹、アンナ・マリーアです」

 鳥は「はっ!」と笑い、ジュセッペは「なんと!」と驚いた。その二つの声はほぼ同時。肩に止まっている鳥は相変わらず、腹話術に合わせくちばしを動かしている。アンナ・マリーアは目を凝らして見た。鳥が自ら喋っているのではないかと。

「おお、そういえば、お嬢さんは先代の王に良く似ておられる。なるほど。兄妹逆になれば良かったの典型ですね」

「俺達兄弟はころころ変わるけどな」

「そうそう、彼は私の弟分で、名前はアクアと言います。お見知りおきを」

「ではアクア、あなたに訊きます。わざと捕まった理由はなんですか?」

「理由だと? 駆け引きさ。おもしれえ取引を持ち掛けるんだ。そして王を権力の座から引きずりおろす。国を変えるのさ。お前らが役立たずだから悪いんだ。王にへつらいやがって」

「こらこら、おしゃべりが過ぎますよ」

 アンナ・マリーアはかがり火を家臣に預けると、片膝を薄汚れた床に落として謝った。王の愚行と自身の不甲斐なさを、「申し訳ない」と認めたのだ。その上で「しかしながら、あなた達の行いも許されざるものです」と、立ち上がり、厳しい態度を崩さなかった。

「おお、稀に見る美しいお嬢さんだ。顔立ちは少し残念ですが」

「はっ!」

「いやいや、でも待ってください。短すぎる髪がいけないのだ。髪を女性らしく伸ばして化粧をすれば、きっと見違えることでしょう。そんな魅力的なお嬢さん、アンナ・マリーア、是非ともご安心ください。私は昨日、死刑を言い渡されました。執行は明後日です」

「そんな・・・あり得ません。ここは法治国家です」

「あらら? いつの話をしているのです? 先ほどお認めになった通り、今は王による独裁でしょう。法律など気まぐれで変わるのです」

「お前は死刑」と、くちばしをジュセッペに向けたアクアの声色は、王を真似ていた。

「まだ広く知らされていないだけですよ。特に反対しそうな方々には」

 アンナ・マリーアは憤り、「私が阻止します!」と、声を張り上げた。

「いやいや、黙って見ていてください。私の筋書き通りに進んでいますから。明後日、私と王は入れ替わります」

「死刑になるのは王だ」

「天罰を下してみせましょう。私の本職は、人を楽しませることですよ。ご期待あれ」

 全く化粧崩れしていない、本物の仮面のような顔がぐにゃりと笑い、背を向けたジュセッペは、鉄格子の前から離れ、敷き藁の上に横向きで寝そべった。何を語りかけても、手を上げひらひらと揺らすだけになった。アクアはくちばしを閉ざして、精巧な置物のように、虚空の一点を見上げていた。


 アンナ・マリーアは黙っていられなかった。乳母の制止でも収まらず、それでも一旦気持ちを整理してから王の元に向かい、本当に死刑を宣告したのか、そうであるならば今すぐに撤回せよと、厳しい口調で直談判した。おたおたと動揺する家臣たちを尻目に。

「お前はいつからそんなに偉くなった?」

 冷たく言い放たれた一言に唇は震えた。恐怖によるものではない。悔しさだ。

「あの男は大罪を犯した。法を超越して死刑に相当する。それを庇うのならば、お前も同罪であるが・・・私は優しい。そうだろう?」

 わざとらしく頷いた側近の男。彼は王の視界から一瞬外れ、目配せを送って来た。頼むからそれ以上言うなと。

「妹に甘いと笑われそうだが、この度の無礼は不問とする。下がれ」

 一歩も下がらなかった。すると、家臣たちの動きは速かった。すぐに取り囲まれたのだ。

「最後に一つだけ、質問します。死刑にしてしまえば、盗まれた国宝の在処が分からなくなります。戻ってきたのは、先の舞台で使われた物だけです。どうするのでしょうか?」

「死刑執行の際に吐かせるのだ。楽に死なせてやるものか。楽しみにしておれ」

 高笑いする王をきっと睨みつけ、死刑を覚悟して叫ぼうとした口はふさがれた。抱きかかえられるようにして、力づくでその場から下げられると、声を殺して泣いた。悔し涙だけではない。家臣たちの優しさが胸にしみていた。自身の行動を恥じる思いもあった。

 乳母には頬を叩かれ、抱きしめられた。ジュセッペとの会話を打ち明けた。そしてもう一人、ロレンツォにも。彼は落ち着いた口調で、ジュセッペに賭けてみようと言った。

「ただし、あの男の好きなようにもさせません。当日は冷静に見守りましょう。どうとでも対処出来るように、執行の段取りをそれとなく確認しておきます。お任せください。いざとなれば、あの男を羽交い絞めにしますから」
 

 刑場は王宮のだだっ広い屋上に設けられた。西側の大きな尖塔の前に整然と並べられた椅子は、中央部を数席分空け、左右にそれぞれ十席の、五列である。最前列から五十尺ほどの距離を置き、木製の磔台が立てられ、背後には腰の高さで紐がはられた。前方と同距離の規制線である。

 翌、死刑執行日になると、その東側に立ち見の人だかりが出来た。夕刻の執行予定に加え、焼け付くような炎天下にも関わらず、少しでも前で見ようと、朝早くから開門の待機列を長々と成してのことである。大盗賊に恨みを持つ拝金主義者はもとより、城壁の内側に住まう富裕層を王宮の外から盛大に招き、王は自身の権威を見せつけようとしていた。刑罰を与えるとだけ告知してあった。家臣たちは慣れない対応に追われ、割り込まれたなどの小さないざこざも見られた。西側の観覧席が陰り出すと、刑場は歓声に包まれた。王族たちが集まり始めたのだ。その中でも身分の高い者ほど良席に座り、空けてあった中央部には、王が立つ金ぴかのお立ち台である。

「諸君、よくぞ集まってくれた!」

 悪趣味にめかし込んだ王は、お立ち台の上で拳を突き上げた。一段と大きくなる歓声を満足そうに浴びた後、身振りによってそれを静めた。そして、携えていた紙を芝居がかって開くと、両手を紐で縛られたジュセッペが、無精髭の素顔で連れて来られた。不敵な笑みはそのままで、屈強な男二人に挟まれている。アクアの姿はない。罪状を読み上げる王は、ところどころ間違えながら、次第に紙上を離れ、私情を語り、稀に見る大悪党、もはや人ではないとまで言った。幾許かのざわめく声はあったが、誰も異を唱えず、あろうことか、当人のジュセッペは幾度も頷きながら聞いていた。

「主文、被告人を死刑に処する!」

 紙を見ずに王は宣告した。静まり返る場内に、はっ!というジュセッペの笑いが響いた。粗野な口調で、本当に言いやがったと彼は言った。

「何がおかしい? 付け加えて言うと、火炙りの刑である。出来るだけ楽に死ぬ為には、早めに宝物庫から盗んだ宝の在り処を吐くことだ。私を甘く見るなよ」

「おお恐ろしい。何が恐ろしいって、こんな奴が国の頭だってことだ。お前気づいてないだろう? 自分の愚かさを、わざわざ聴衆に晒しているんだ。さっきまで盛り上がっていた皆さん、今はどんびきだぜ」

 場内は重苦しい雰囲気で、静まり返っていた。アンナ・マリーアは最前列右端の席で、怒りに震えていた。ロレンツォは立ち見の群衆の前で、警備の一人としてしゃがみ込んでいた。

「諸君、勘違いしないでほしい。私は法と人権を重んじる。人に下す刑罰ではない。だが、この男は特例だ。危険な存在でもある。早く始末しなければならないことは、諸君の頭でもお分かりだろう。一点私の誤りを認めるならば、先程思わず、被告人と言ってしまったことだ」

 脇から現れた数人の家臣が藁を運んできた。ジュセッペは磔台に掛けられようとした。すると、アクアが東の空色に溶け込んで、ふいに舞い降りてきた。止まったのはジュセッペの頭上。「お待ち下さい」と、くちばしが動いた。初見の群衆はどよめいた。

「国の宝はすべてお返ししました。今私達の仲間が動いてのことであります」

「おいおい、何勝手なことやってんだよ」

「勝手なこと? 筋書き通りではありませんか」

「はっ!それをバラしちゃあ駄目だろうよ」

 場内に慌てた様子で駆け込んできた家臣が、王に耳打ちをした。「なんだと!?」という反応は、伝えられた内容を分かりやすく示していた。

「手品の基本は聴衆の目線をそらすことだ。お前らの視線はここに集まった。その隙をついての・・・・はっ!返却で良かったな」

「黙れ。いずれにしてもお前は死刑だ」

「一つ言っておくが、俺を殺しちまうってのは実にもったいないぜ? 馬鹿と鋏は使いようってな。人じゃなくてもよ、こいつなんか鳥だぞ」

「ひどい言われようですね」

「使い方によっては大きく役立んだ。俺はその力を示した」

「たかが手品。種などすぐに暴いてやるわ」

「例え種が分かっても技は盗めない。俺と違ってな。なにせ人ではないと恐れられるほどの盗賊だ。俺に盗めない物はこの世にない」

「ほう、何もないか」

「ないな」

「ならば、あの太陽を盗んでみせよ」

 王はにやりと笑い、西日の方を指差した。群衆に紛れ誰かが野次を飛ばして、場内は騒がしくなった。王は再び身振りでそれを制した。ジュセッペは肩をすくめ両手を広げた。いつの間にか両手を縛る縄がほどかれ、両脇に立つ二人はうろたえている。

「成功した暁には何がもらえる? もちろん俺は自由の身になるんだろうな?」

「無罪放免の上、なんでもくれてやるぞ。やれるもんならやってみよ」

「よし、明日の正午まで時間をくれ。最も高い位置にある太陽をこの場所で盗んでやる」

「時間だと? 一秒たりとも自由は与えん」

「大丈夫だ。俺はおとなしく地下牢に戻る。だけどな、こいつは自由にさせてくれよ。鳥に罪はない」

「焼き鳥の刑は勘弁です」

「たった一日の延命だな。見苦しい」

「そんな男の最後の頼みだ。聞いてくれよ。失敗したら大いに笑え」

 王は鼻で笑い、後ろを向くと、側近に何かを伝えた。ジュセッペは弓で狙い撃ちするような仕草を、王の後頭部に向けた。

「諸君、明日の正午前に今一度集まってほしい。これは私の寛大な処置である」

 拍手がぱらぱらと打たれる中で、ジュセッペただ一人が歓声を上げた。王は不愉快そうに彼を指差した。両手を再度縛らせ、少し近づき、「どんな誤魔化しを演じるか楽しみにしておるぞ」と、言い残して立ち去った。アクアはその直後に飛翔した。金色の西日を浴びながら。砂色の町並みも眩しく輝いていた。

(つづく)

Episode 3

Episode 1

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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。


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