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国士の威厳

執筆:ラボラトリオ研究員 七沢 嶺

春深き此のよき日に、往く人の頭上は淡紅や純白に華やいでいる。四方にひらく花弁は蕊の薄緑を益々引き立てる。その花水木は碧空よりふりそそぐ清明なる恵みをうけ、大地にしかと息づいている。樹姿のつくりだす影は近い未来初夏の訪れを予感させるようである。さらに道行けば、躑躅(つつじ)が路傍に零れんばかりの盛りである。一花のてんとう虫がその紅に紛れている。硬い羽を割り今まさに飛び立たんとして、また閉じる。一寸の虫にも五分の魂とはいうが、この小さな身体の半分が伽藍堂とは思えず、一分の隙なく生命のちからが満ちているようである。そうでなくどうして光に透ける薄羽の先端までをも蒼天に煌めかせながら高くヽヽ飛ぶことができようか。物質と精神を統べる魂の働きが真に迫ってくるようである。

街路樹は車と人の往来を分かつ境界線である。平時見過ごしてしまう景に殊更意識をむけたことは偶然ではないかもしれない。視界にはあれども、心通わせなくてはその生命の躍動は意識の外へ零れ落ちてしまう。華やかな花のみならず一見無機質の樹皮にすら血潮が漲っているようである。古より「木肌」とよぶ所以であろうか。街路樹は排気ガスを浴びるため大気汚染に強く、その齢長く、病気にも強い性質が求められる。この地に根ざしたその瞬間から決して快適とはいえない環境に生き続け、樹勢おおらかに毎年美しい花を咲かせる木々の品位ある美しさは、そのみえざる根から幹、枝葉まで満ちる「強さ」に裏打ちされているのではないか。もの言わぬ植物に問うても詮無いことであるが、いかなる環境にも負けない強靭な精神力をその内に秘めているようである。

病気とは人のみに与えられた試練ではないだろう。線虫に蝕まれ、死して猶立つ松の木は、己の生きてきた道の一切を肯定する。幾度踏まれようとその色褪せることなく鎮座する春野のたんぽぽは、時満ちて淡き綿毛を風に託し、新たな生命をまた大地に宿すだろう。かつて武士(もののふ)と呼ばれたある英傑は戦場で槍に貫かれ、絶命して猶そこに立ち続けたという。その気魄、鬼神をも怯ませる不屈の精神である。後世の者に如何程の勇気を与え、威厳を備えたか計り知れない。植物の世も人の世も、物質は違えど精神は等しく永遠なのである。

 緋縅の鎧を着けて太刀佩きて見ばやとぞ思ふ山ざくら花  落合直文
 うつろはぬ色に似るともなき物を松が枝にのみかかる藤浪  紀貫之
 松をのみときはと思へば世とともに流るる水も緑なりけり  同
 うちはへて蔭とぞ頼む峰の松色どる秋の風にうつるな  紀友則
 松風を國の言葉にうつしてみおやの神人のみわざたづねむ  小笠原孝次

かつてのとある小さな島国は、たとえ敗戦国と呼ばれようとも、その気高き精神を守り未来へその覚悟を継承したと伝えられている。後世、その民族は勝ち負けという形而下なる通俗な事物に縛られることなく中庸を尊び、他を憎むことは決してなかったという。

指導者が哀悼の誠を捧げんと深く礼を行えば、諸国諸人は言葉発すること能わずその威厳に只々感嘆したという。

「我々は今この瞬間、曙光と黄昏の繰り返しをも超越し、幾度困難が訪れようとも決して屈することなく、高くヽヽ飛翔するのである。」
(架空の国士の言葉)


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【七沢 嶺 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、兄・畑野慶とともに小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。
地元山梨の工学部を卒業後、農業、重機操縦者、運転手、看護師、調理師、技術者と様々な仕事を経験する。
現在、neten株式会社の技術屋事務として業務を行う傍ら文学の道を志す。専攻は短詩型文学(俳句・短歌)。

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