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言霊よもやま話 Vol.16 〈独楽〉 其の二

原典:『世界維新への進発』(小笠原孝次 著)
編集:新谷 喜輪子 / 監修:杉山 彰

言霊論における母音(半母音)・父韻・子音・親音は、量子論における原子のごとく、事物実体の核をなしている

独楽(凝廻(こま))はすなわち能碁呂島(おのころしま)である。これは己心島(おのころしま)であり自転島(おのころしま)である。生命意志の発現である心すなわち霊魂の自己表詮である道すなわち言霊三種の神器の内容に就て長い間説いて来た。今までは云わば平面的、静的(スタティック)に説き続けて来た。此処で一転してその言霊が独楽として如何に立体的にそして動的(キネティック)に組織され運行操作されるかに就て改めて説いて行くことにする。

独楽の心棒はアオウエイ五母音(五行・五大)である。物理学では陽子を構成する素粒子に当る。これを伊勢内宮の「心(真)の御柱」と云う。五段階の次元に構成されている。この心棒も廻わるとすればウオアエイ(金水木火土)の東洋医学の五行相生相剋の順序が理解される。

廻転子(ローター)は父韻である。父韻は生命意志発現の原律であって、チキミヒリニイシ(タカマハラナヤサ)の八律に変化し、時間空間の色相を顕現する契機(モーメント)であり、天の浮橋と云う。易の乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤に当る。物理学では電子に当る。五母音は姿なき実在であるから概念でも説明出来るが、八父韻は意志発現のきっかけであり気合いであるから、概念以前の音声そのものを以てしなければ把握表現する方法がない。

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八つの父韻こそ「天に在す我等の父の御名」である。この父韻の循環的調和を操作する事を道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)、時置師神(ときおかしのかみ)と云う。三十二子音はアオウエ四母音と八父韻の産霊によって生まれる。子音は現象の単元であり、物理学の原素( 原子)に当る。この子音( 原素<原子>)が更に複雑に組合わされて化合物、有機物である心象、物象、社会相、宇宙相のすべての森羅万象を現出し、母音、父韻と子音自体を中心に旺盛活動に旋転活動している。簡単な説明だがこれが心と云い物と云い、すべて人間の生命意志活動の全局であり、人類文明である。素晴らしい形而上の独楽の自転公転である。

この独楽は今此処(中今)に廻わっている。人類の有らん限り無始無終に廻わっている。今とは現在、此処とは即座、人間の中、我みずからの内奥にである。人類の文明は始めからこの生命の自己旋律、自己指導である独楽の廻転循環にみずから順応して整然たる調和を以て運営されている。世界の底に此の調和が行われている事に気付いた哲学者はこれを「神の予定調和」(ライプニッツ)と呼んだ。予定と云ったのはその実体実相が未だ判らず、信仰すなわち基本要求の範囲内のものであったからである。世界の現実面でこの調和が乱れたのは須佐之男命(すさのをのみこと)が天照大御神の言霊の営田(エデン)の「哇放(あなは)ち溝埋め」したからであると神道は説いている。エホバが言葉(道)を紊(みだ)したからであると聖書は説いている。

世界は初めから混乱していたわけではない。歴史的に云うなら五千年から三千年の昔の頃からそれ迄は現実に運営されていたこの文明の第一原理の調和から逸脱する者達が現れて、各自が勝手気儘な方向に動き出した事が世界の紊乱(びんらん)の原因である。何故須佐之男命やエホバが言葉を乱したか、それは生命の独楽の廻転を指導操作する者(神)の意図と計画による所であって、この事によって人間相互の間に矛盾と闘争を生ぜしめ、此の闘争の間に第二の文明である科学を創造する為であった。

(つづく)

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【小笠原孝次(おがさわらこうじ)略歴】
1903年 東京都にて生誕。
1922年 東京商科大学(現在の一橋大学)にて、
吹田順助氏よりドイツ文学、ドイツ哲学を学ぶ。
1924年 一灯園の西田天香氏に師事し托鉢奉仕を学ぶ。
1932年 元海軍大佐、矢野祐太郎氏および矢野シン氏と共に
『神霊密書』(神霊正典)を編纂。
1933年 大本教の行者、西原敬昌氏の下、テレパシー、鎮魂の修業を行う。
1936年 陸軍少佐、山越明將氏が主催する秘密結社「明生会」の門下生となる。明治天皇、昭憲皇太后が宮中で研究していた「言霊学」について学ぶ。
1954年 「皇学研究所」を設立。
1961年 「日本開顕同盟」(発起人:葦津珍彦氏、岡本天明氏ほか)のメンバーとして活動。
1963年 「ヘブライ研究会」を設立。
1965年 「ヘブライ研究会」を「第三文明会」に発展。
1975年 「言霊学」の継承者となる七沢賢治(当時、大学院生)と出会う。
1981年 「布斗麻邇の法」を封印するため七沢賢治に「言霊神社」創設を命ずる。
七沢賢治との連盟で山梨県甲府市に「言霊神社」創設する。
1982年 79歳にて他界。

【著書】
『第三文明への通路』(第三文明会 1964年)
『無門関解義』(第三文明会 1967年)
『歎異抄講義』(第三文明会 1968年)
『言霊百神』(東洋館出版社 1969年)
『大祓祝詞講義』(第三文明会 1970年)
『世界維新への進発』(第三文明会 1975年)
『言霊精義』(第三文明会 1977年)
『言霊開眼』(第三文明会 1980年)


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ラボラトリオでは、人類の進化発展に寄与できる文章を作成し、それを“言霊”として実現できるレベルに高めてまいります。 そうした思考実験の過程をご紹介させて頂くと共に、言葉や思考を生み出す元となる“概念”がいかなるものか、これまでオープンにしてこなかった情報を含めて公開していきます。