昼の団子
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昼の団子

執筆:ラボラトリオ研究員    畑野 慶

春の和菓子といえば、三色団子である。串に刺さった薄紅、白、緑のそれは、一説によると、桜、残雪、新緑の色であり、冬の名残と夏の兆しが溶け込む春の景色を表している。未来と過去が今この瞬間にある、という概念にもなり得るわけだが、どうやら三色の理由は味にもあるようだ。日本人なら食べれば分かる。飽きが来ないと。


「お姉ちゃんこれ買って」

そこは地方都市のうらぶれたスーパーマーケットである。日奈子が振り返ると、九歳の甥っ子がパック詰めの安っぽい三色団子を持っていた。三本入りの表面には、春の味覚と印字された桜色のシールが貼ってある。

「だめよそんなの。不味いから」

そう言って背を向けたが、しばらくすると、ぶら下げているプラスチック籠の中にその団子がこっそり入っていた。甥っ子は口笛を吹く仕草ですっとぼけている。

「こら!だめって言ったでしょ」

「お姉ちゃんお願い。一緒に食べよう」

「私はお姉ちゃんじゃありません」

叔母さんだと正しく教えているが、甥っ子はお姉ちゃんと呼ぶことがある。主に何かをねだる際だ。日奈子がそう呼ばれたくないのは、自分が呼ばせているようで恥ずかしいからだ。強がりではなく、いやに配慮した呼び方をされるのは惨めったらしいと思っていた。

「不味くてもいいの。春は団子だから」

「団子は秋ね。お月見しながら食べるのよ」

「それは別だよ。夜の団子は秋で、昼の団子は春なんだって。先生から聞いた」

昨日今日に聞いた話ではない。甥っ子の学校は長期休暇になっていた。日奈子は先日、無期限の休職扱いになった。姉はまだ仕事に行っている。日中甥っ子を預かる生活がいつまで続くのか、誰にも分からなかった。

結局、日奈子は押し切られて三色団子を買った。平時であれば渋るほどの価格ではない。だが、将来への重苦しい不安から、無駄な物はなるべく買わないようにする意識になっていた。世相は冬である。


天気が良い日はずっと家にこもってなどいられない。二人は度々こうして外に出る。行き先は歩いて行ける範囲の、スーパーマーケットと小さな公園である。川沿いでは葉桜の若々しい緑と散り残った花が、もうじき薫り始めるそよ風に笑っている。

「葉桜は、人に知られぬ、昼あそび」

スーパーマーケットから公園に向かう道すがら、甥っ子は唐突にそう口にした。俳句という大人びた趣味を持っていて、永井荷風の句だと説明を加えた。

「葉桜や、じゃないかな?」

「あ、そうか」

「昼あそびっていいね。葉桜と響き合っている」

実は夏の季語である。夜あそびとすれば不潔な印象になってしまう。昼だからこそ、ふらりと抜け出して散歩するなどの明るい解釈になるが、日奈子はふと、休日の昼散歩も人目をはばかる世の中になってしまいそうだと思った。葉桜を見て、知っている句を口にしただけの甥っ子に、そのような考えはないのだが。

二人で公園の青いベンチに座った。昼あそびしている者は他にいない。すべり台の坂が眩しく銀色に光っている。

「食べようか」

三色団子を一本ずつ取って、薄紅、白、緑の順に上から食べた。着色してあるだけでどれも全く同じ、色落ちした味である。本格的な梅、すあま、よもぎではないのだが・・・

「ピンクが一番甘くて美味しいね」

甥っ子は目を輝かせてそう言った。日奈子は目を細めて幼い頃の自分と重ね合わせた。俯瞰して見れば、勘違いという気づきを今与えるべきではなかった。

「私は緑が好きかな」

「じゃあもう一本は、僕がピンクを食べていい?」

「白も食べていいよ。私が緑だけもらうね」

幸せそうに口をもぐもぐ動かす甥っ子から、その一つを串ごと受け取った。日奈子が最後に感じた味は、飽きずに噛み締めていたいような、懐かしさがあった。


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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。

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