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銀河砂漠の国  Episode 6

執筆:ラボラトリオ研究員  畑野 慶

「どこだ!?」

 きょろきょろと見回した上空にアクアはいなかった。ジュセッペが指を差したのはロレンツォの肩である。

「おやおやピーチクさん、まさか裏切るのですか?」

 アクアは元通りの姿でくちばしを開かず、ぷいっと顔をそむけた。

「はっ!なんと利口な鳥か。気に入ったぞ。芸を仕込んで可愛がってやる」

「なんということ。あなたに手懐けられるとは思えませんけどね」

 ロレンツォが肩をすくめると、アクアはそれを真似るように動いた。

「お前らと言い争っていても埒が明かねえな。・・・おい、下にいる連中を連れてきて全員一続きに縄で縛れ。余計な暴力は振るうなよ」

 指示を下された取り巻きが船内に入っていった。武器は鞘に納まっている。

「もうお忘れですか? 私は縛り上げられても自分で解けるんですよ」

「解いたところで逃げ場はない。お前らはここでひたすら待つしかないんだ。舌を噛み切りたきゃ噛み切れ。無駄死にだってお前らでも分かるだろう?」

「たしかに。あの男は処刑してもらって結構です」

 アンナ・マリーアは出掛かった言葉を飲み込んだ。言葉を要して今すぐに改心させようとは思わなかった。この場所を抜け出す方法を考えた。処刑よりも先に矛を手にするしかなかった。銀河を動かして、乱れた人心も正しい軌道へ導こうとしていた。

 しばらくすると、後ろ手で縛られた三人が連れて来られた。事前に知っていたような顔つきで、抵抗する様子はない。一人は王宮の舞台で女神を演じたあの腹話術師である。ロレンツォは船内に消えた。ジュセッペはアンナ・マリーアに「もう大丈夫ですよ」と耳打ちした。彼女は戸惑いながらも、自分で打開策を考えながらも、するりと抜け出す奇術に期待していた。包囲網の隙間をまるで水のように。彼ならばそれを持ち合わせていると思った。

 私はまた騙されているのかもしれないが、矛に眠った力は確かにある。実際に目撃した通りである。神も遠くから見ていたはず。その視点で世界を見るんだ。人の目は欺けても神の目は欺けないのだから。

 五人は縄で一続きにされた上で、輪になり後ろ向きに座らされた。話すことは禁じられたが、見張りの者が許可した場合に一人ずつ、船内へ用を足しに行く自由は与えられた。それくらい良いでしょう?とジュセッペが要求した際、アンナ・マリーアは抜け出す為に何か考えてのことだろうと思った。

 だが、一向に出し抜くような気配はなかった。隣り合う者との目配せも見られなかった。船内は勝利の宴か、お祭り騒ぎになり、外で取り囲む者たちも美酒に酔っていた。

「ああ、私たちの一生分の酒が」

 ジュセッペは一言そう嘆いた後、真っ先に眠りに落ちた。寒さで度々目を覚ましながらも、こくりこくりと船を漕いでいた。一人で夢の中へ、この現実を抜け出していた。乗っている船は国に向かい動き出さなかった。砂混じりの風は虚しく吹き抜けている。いつの間にか、この場所に導いた赤い目星は消えている。銀河は動いているのだ。なぜジュセッペは大丈夫と言ったのか、アンナ・マリーアが問い掛ける相手は神しかいなかった。空の彼方の銀河を見上げ、夢想して、次第にはっきりと、見えないものも見えてくるうちに、彼女は実際に砂の大地を見下ろしている感覚になった。問い掛けは自然と自答になった。神の答えを自分で決めるかのように。

 大丈夫の前提は強い意志。待っていても駄目だ。揺るぎない意志を明確にするんだ。さあ叫べ!私は銀河の中心で闇を切り裂く!

 そして、彼女は眠っている自分の姿をはっきりと見た。


「アンナ・マリーア、起きなさい」

 遥か遠くから耳に届いたような、その呼び声に父親を感じ取り、はっと目覚めると、目の前にすっぴんのジュセッペが立っていた。穏やかに微笑みかけられた。彼が生前の声色を真似たか、そう聞こえただけかもしれないが、これは父親に起こされ、急ぐように言われていると信じた。赤い星が正反対の空で輝いている。時は来たのである。神の視点から見ても明らかなことであった。見張り役はいなくなり、縄は解かれていた。ジュセッペの仲間たちも立っていた。アンナ・マリーアは体を自由に動かして、すくっと立ち上がった。

 父も私に味方している。だが、私は特別ではない。皆と同じちっぽけな存在だ。慢心を持ち合わせてはならない。神の力をお借りするのだ。

 船の外を見ると、取り囲む者たちの大半が酔いつぶれ眠っていた。起きている者も夢見心地の醜態を晒して、アンナ・マリーアに手を振る有様であった。

「彼らが飲んでいたのは禁酒ですよ。国を滅ぼすとまで言われた強力なやつです」

「これは好機です。今すぐに発ちます。ジュセッペ、私と共に来てください」

 次の瞬間、扉が開く音に振り返った。ロレンツォが船内から取り巻きと共に上がってきた。酔っている様子はなく、手懐けたようにアクアを肩に乗せている。彼は武器を手にしていないが、アンナ・マリーアは身構えた。ここで足止めされるわけにはいかなかった。

「小娘、お前は国に帰るんだ。何も手柄を持たずにな」

「ロレンツォ? 突然何を言い出すのです」

「はっ!もうお前には興味がない。空の種明かしが出来たからな。この詐欺師どもを捕まえておけば十分だ。俺たちはお前が恥をかいた後に戻って、聴衆の面前で種を明かしてやる。・・・はっ!俺が英雄になるんだ」

 芝居だと思った。アクアが喋っていると分かった。ロレンツォは腹話術のように操られているのだ。

「彼がアクアに触れた瞬間、勝負は決していたんです」

 ジュセッペは小声でそう言い、ぱくぱくと口を小さく開閉した。操られていたのは自分だと示したのだ。

「私たちは役者ですから。彼の台本通りに動いてきただけですよ」

 聞こえないロレンツォはアクアと共に仰け反り、空に向かい馬鹿笑いした。彼の取り巻きはその様子を白い目で見ていた。
 

 アンナ・マリーアは出発直前、ジュセッペが裏返して扇形に広げたカードの中から一枚を引いた。表面には旅路の幸運を告げる女神が描かれていた。

「おお、素晴らしい。それはこの中に一枚しかないものです」

 手品であればジュセッペの激励である。そうでなければ父が引かせてくれたものである。

 彼女は一人で国に向かったが、胸元に女神のカードとアクアの羽根を忍ばせ、一人という意識ではなかった。空には落ちて来そうなほどの流星群である。銀河の動きがやはり異常に、慌ただしく感じられた。それでも赤い光明は目星として留まっている。往路と同じように道なき道を示している。加えて不思議なことに、往路の足跡が駱駝一頭分だけ消えていない。砂海の表面に残ったままだ。砂塵がしきりに舞い上がり、後追いして来た大量の足跡は消えているにも関わらず。次第に追い風が強まった。駱駝は自然と速度を上げた。星明りの中を。飛んでゆきそうであった。まるで銀河を疾走しているようであった。

 これは時空を超えている。あっという間にたどり着く。日の出はもうすぐだ。赤い星が萎んでいる。いや、遠ざかっている。役割を終えたのだ。国が見えてきたのだ。あれはランプ、かがり火、国境線に夥しい数である。皆が待っている。なんと!私を待ってくれていた!

 ロレンツォの悪巧みが知れ渡ってのことである。彼もまた裏切られたのだ。王になるまでもなく。一枚岩ではなかった。同行しなかった部下がすべてを暴露して、三倍の人数で国を出るところであった。女たちも大勢含まれていた。戦うことも恐れていなかった。アンナ・マリーアを絶対に助けると。彼女の為なら死んでも構わないと。

「皆さん!私は戻りました!」

 気高き凱旋である。人々は熱狂した。泣き崩れる者もいた。だが、すべては解決していない。闇夜のままだ。

「まだ終わっていません。これからです。私が太陽を戻してみせます。この国だけでなく、遠い銀河をも立て直す決意です。共に行きましょう!」

 大歓声が上がった。銀河と聞いて、その時点で理解出来たはずもないが。

「光はここに!皆さんと共にあります!」

 アンナ・マリーアはそう叫んで、胸元に拳を当てた。胸の内の決意こそが光だと示すようであった。

 彼女は馬車に乗り換え、数人の家臣と先陣を切った。矛を手にするのは到着次第だ。聴衆を集めるつもりなどはない。神話に基づき、伏せられた言葉を明らかにする。神話はただの作り話ではないと学び取る。見せびらかすことなく、その学びを皆で共有する思いだ。

「私は神になるのではありません」

 家臣に対しても謙虚な姿勢を崩さず、そう説明した。馬車を降りると、坂を駆け上がり、城門をくぐり抜け、王宮まで一直線に向かった。そして、自分の部屋に立ち寄ることもなく、再び星空の下に出た。矛はしんと闇に埋もれたままである。何も変わっていない。変えなければならない。アンナ・マリーアは柄を見上げながらその真下に立った。到底届く高さではない為、家臣の一人が「台を用意します」と言ったが、彼女は頭上にすっと手を伸ばした。落ちてくると分かっているように。すると、小さな地震に王宮が揺れ、柄尻が下がり、矛は壁から抜け落ちた。見事に上空で掴み取った柄の先の、刀身に刃毀れは見られない。

「私はこの切っ先に神をお迎えします。打ち立てた確かな決意は、銀河まで届いています」

 そう言い切ったアンナ・マリーアは、尖塔から離れ、先日ジュセッペが太陽を動かした辺りに立った。両手で柄を握り、見上げた視線を落とすと、切っ先に息を吹きかけた。神話の伏せ字がある一節を口にした。原文通りに。復元された言葉は矛である。彼女は切っ先を突き上げ、右にぐるぐると回した。何も手応えがない中で回し続けた。失敗したなどと疑うことなく、仲間と自分とこの国を、見下ろしている感覚で信じ続けた。すると、次第に重みが加わった。矛に何かが巻き付いてくるようであった。その答えは、切っ先の延長線上に示された。雲である。星空を覆い隠すそれは、矛を回すごとに広がり、乾いた大地に雨を降らせた。瞬く間に篠突く強さになった。それでもアンナ・マリーアは回すことを止めず、家臣たちは祈るように見守った。雲は矛の動きに合わせ渦を巻き、アンナ・マリーアの頭上がその中心である。彼女は雨に打たれながら、この後どうなるのか分かった。雲の向こう側が見えていた。銀河は正常な動きに戻っている。

 やがて、雲間になった渦の中心から光芒が放たれた。アンナ・マリーアは左に大きく矛を回して、雲と闇を一気に絡め取ると、地平線の彼方へ放り投げた。一朶の雲すら残らず、青い空がぴんと張り、太陽は爽快に輝いている。手庇を作って見た逆光の東側から何かが、いやアクアが飛んできて、祝福するようにくるりと宙返りした。そのまま尖塔を越えて飛び去った先には、壮麗な虹が架かっている。

「さあ、これからが大事ですよ」

 矛を手に微笑むその姿は、新たな国の起源として語り継がれてゆくことになる。彼女は神話を紡ぎ出した。

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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。


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