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雅楽の演奏会『管絃 王朝の遊び』レポート

こんにちは。
Parole編集部です。

11月7日(土)、東京 半蔵門・国立劇場にて管絃 王朝の遊びと題した雅楽の演奏会がおこなわれました。

今回の企画は、今年9月にザ・リッツ・カールトン東京でおこなわれた秋季皇霊祭および圀手會三周年に出演してくださった雅楽の先生方、――和琴の豊英秋(ぶんの ひであき)先生をはじめ、本拍子の安齋省吾(あんざい しょうご)先生、人長の大窪永夫(おおくぼ ながお)先生と、日本の雅楽界を代表される大御所の方々によって構成される雅楽の演奏団体、十二音会(じゅうにおんかい)による演奏会とのこと。

白川学館にとっても日頃よりご縁をいただいている雅楽の先生方が揃って出演されるとお聞きし、これは大変貴重な会になるということで、私たちもお伺いさせていただきました。

これからご紹介させていただく内容はイベントの一部となりますが、皆さまにもご覧いただけましたら幸いです。

本公演『管絃 王朝の遊び』に先立っては、王朝文化と雅楽を知るためのプレイベントして、専門家の方によるトークのお時間がございました。

こちらは東京藝術大学講師の近藤静乃氏の進行のもと、国文学研究の専門家である岡田貴憲氏が、王朝文学が最も栄えた平安時代の文学の中で、雅楽がどのように描かれているのか、ということを解説。王朝文学と雅楽の関連性を丁寧に紐解きながら、古来、日本の伝統音楽として親しまれ、とりわけ天皇や貴族といった宮廷の人々に愛されてきた雅楽の魅力についてのお話しをいただきました。

トークのはじめには、近藤氏による雅楽の歴史に関する簡単な解説もございました。
こちらでその一部をご紹介させていただきます。

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雅楽は日本の伝統音楽の中でも最も古い歴史を有する。5〜9世紀にかけて中国や朝鮮半島から伝わった楽部と日本古来の歌が融合したものが「雅楽」である。そのような背景をもつ雅楽は、平安時代の物語文学や絵巻に登場することが物語っているように、王朝・貴族文化が栄華を極めた平安期に大きな発展を遂げた。

現在の管絃の編成は、笙、笛、琴、篳篥(ひちりき)、太鼓といった多彩な楽器で構成される「三管三鼓両絃」となっているが、このような編成になるまでには、様々な歴史的変遷があった。大陸から様々な楽器が渡ってきた中で、貴族たちが自ら選びとり、洗練させてきた結果、現在の雅楽の形式となった。

また、平安時代には「詩歌管絃」(文学と音楽の才)という言葉があり、とりわけ漢詩、和歌、管絃の三つは、貴族にとっては欠かすことのできない、必須の教養であった。中でも「管絃の遊び」というのは公的な場だけでなく、私的(日常や生活の場においても)にも盛んにおこなわれており、当時の宮廷社会に深く浸透していた。そうした文化的背景の中で、天皇や上皇が主催した会が、管絃の遊び、すなわち「御遊」(ぎょゆう)と呼ばれる演奏会であった。

御遊では、公的な行事や人生の節目の折々において、公卿や殿上人が自ら楽器を手に取り、音楽を愛で親しんだ。

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会の冒頭では、このように専門家の方による雅楽の基本、歴史に関する解説がございました。

なお、お話の中で早速登場した「御遊」(ぎょゆう)ですが、この中でも筆頭たる行事が、「御神楽の儀(みかぐらのぎ)」と呼ばれるものであるそうです。

御神楽の儀といえば、宮中に伝わる歌舞の中でもとりわけ重要とされ、祭祀とも深く関わってきた古式ゆかしき儀式。昨年は平成から令和への御代代わりの折に「大嘗祭」がおこなわれましたが、その際におこなわれた儀として、記憶されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

さて、司会より「御神楽の儀」についての簡単なご説明があった後には、豊英秋先生、安齋省吾先生、大窪永夫先生が登場され、本公演でも演奏を控えていた楽曲の中から、代表的な曲の一部を演奏していただく、といった場面もございました。

実演に先立っては、本企画が雅楽界を代表するトッププレーヤーが演奏をする、またとない非常に贅沢な企画であること。加えて、豊英秋先生が演奏される和琴は、御遊でも使われており、本日の公演の中でも目玉となる楽器である、といったご紹介もありました。

実演では、閑掻(しずがき)と早掻(はやがき)をはじめ、琴の様々な技法を実際に音に出してご紹介いただいた後、「催馬楽 伊勢海」(さいばら いせのうみ)の一部を演奏していただきましたが、その前段には、豊先生より和琴についてご紹介されるという貴重な場面も。

「宮中祭祀では大変重要とされている御神楽の儀において使われる楽器が和琴で、それがこの楽器の代表的な演奏の場であります。ただ、今回は催馬楽でも和琴を使って演奏いたします」

と穏やかな面持ちでお話しされる豊先生のお言葉からは、和琴が宮中祭祀のような重要な場面でしか登場することのない大変貴重な楽器であること。また現代、催馬楽が演奏される折には和琴は登場する機会が殆どないものの、今回は当時の編成を再現するかたちで特別に演奏される、ということを汲み取ることができました。

実際の演奏の場面では、事前にご紹介いただいていたこともあり、とりわけ琴の音色が、あたたかく、優しく、流麗に会場全体を包み込み、心の奥に深く染み渡るようでした。

通常とは異なる編成であったため、おそらく相応の緊張もあられたのだとお察しました。しかしながら、そのようなことを客席に一切感じさせることなく、あたたかく、また幾重もの奥ゆきのある音色を披露することができるのは、ひとえに豊先生の長年の尊いご経験と洗練の極みともいえる、比類なき技によるものなのでしょう。

和琴ならではのあたたかみのある音色からは、懐かしさとともに心の琴線に触れるものが感じられ、まさに豊先生のあたたかなお人柄があらわれているようでした。

またそれとともに、先生方の神妙な演奏の様子から、一音一音を真心をもって奏でることが雅楽の真髄であるということも感じ、西洋音楽にはない雅楽の魅力を垣間見る機会にじかに触れる機会を得られたことを大変嬉しく、また同時に、日本の伝統音楽ならではの独自の響き・美しさといったものに深く魅せられた瞬間でもありました。

実演に続いては、実際に文学作品の中に登場する雅楽の場面にまつわるお話しもございました。

こちらでは、日本の古典文学の最高峰と言われている『源氏物語』や『枕草子』といった平安文学の代表作をはじめ、その他にも『狭衣物語』、『宇津保物語』といった幾つかの作品を取り上げながら、貴族の暮らしと音楽との関わり、また文学に描かれた演奏風景などについて、わかりやすく解説していただきました。

これらの文学作品においては、「天皇の御前で雅楽が披露される」という場面が、共通して登場するということ。そして天皇は素晴らしい演奏、その美しい音色を讃えて、雅楽を披露した者は、それにふさわしい褒美を与えられた、といいます。具体的には、高い位を授かったり、昇進したりするということがあったのだと。

こうした文学作品の中の記述、また絵巻物の中の描写の場面からは、雅楽の演奏が単に管絃の遊びという芸術としての意味合いを超えて、天皇が褒め讃えるような音楽を奏でること、またそのような技を有した者は、人々が高い位を得ることができるほか、天皇の側近として特別な地位を与えられる等、政治的な意味においても雅楽の才が非常に重んじられてきたということが、実際の物語の中の象徴的な場面とともに紹介されました。

この他にも、琴が中心的な主題としてある物語の代表格として『宇津保物語』の一幕を引用。主人公が不遇の状態から始まるこの物語は、難破先のペルシアにて秘琴の技を伝授されたことを機に、その後、数々の災難に見舞われながらも、琴のおかげであらゆる奇跡が起こり困難を克服。最終的には一族が三代に渡って政治的にも栄華を極めるというストーリーについての解説も。これらのエピソードを通して、平安時代において雅楽の素養をもっていることが貴族社会を生き抜く上でいかに重要であったか、ということがよく伝わってまいりました。

さらに、四季折々の年中行事の宴において、自然の情景に重ね合わせて管絃の音色が愛でられていた、宮廷文化にまつわる粋なお話も。こちらでは、雅楽の調子が方角、季節、色とも各々対応していたということについて、非常に興味深いお話をお伺いすることができました。

雅楽の調子ごとに関連する方角や色が、それぞれ定められていること。加えて、木火土金水の五行とも対応している、というエピソードからは、音と楽器というものがいかに自然というものと密接な関わりがあったかということ。さらには、白川の教えとも非常になじみ深い、木火土金水の五行、またそれらが音と対応していたということを改めて知ることができ、こちらはトークの後半部分のハイライトしても大変印象的で、心の中に深く刻まれることになりました。

――――――
プレトークの後は、いよいよ演奏会のお時間へ。
前半と後半に分けて、王朝文化にゆかりのある雅楽が奏されました。

演奏をいただく十二音会(じゅうにおんかい)の皆様が各々、色とりどりの装束に身を包まれて登場。

中央に豊先生のお姿、そのまわりを囲むようにして十二音会の皆様が一様に揃われた瞬間、さながら宮中の間を彷彿とさせるような、品格のある神聖な間ができあがったように感じられました。そして、そのようなある種の壮麗な気と呼応するようにして、会場全体も特別な雰囲気の中に包まれたように感じられました。

演奏への期待がより高まった瞬間、前半のお題【御遊 宮廷儀礼の音楽】より、「双調調子」が奏されました。

御遊の会場に楽器が揃うと、はじめに演奏する楽曲の調子(双調)が奏でられるといいます。これはいわば、西洋音楽のオーケストラで言うところの音合わせに相当するもので、雅楽では、これを双調調子というのだそうです。

笙、篳篥、笛など、一堂に会した楽器の音色が、次々と一つひとつ丁寧に折り重なっていくさま、またその響きからは、演奏のはじまり特有の独特の緊張感がありながらも、音が重なってゆくごとに、まさに各々の音色がだんだんと調和して、やがて相互に美しく響き合っていく様子がとても印象的でした。

続いては、「鳥 破急」(とり はきゅう)へ。
こちらは壱越調の〈迦陵頻(かりょうびん)〉を双調に渡した曲目。楽曲にある「鳥」とは迦陵頻の別称で、極楽に棲む美しい声をもった架空の鳥を指している、といいます。

原調から別の調子に移した楽曲を雅楽では「渡物」(わたしもの)と呼びますが、こちらはその渡物の中でも代表的な曲であるそう。雅楽の渡物では音階の骨格は平行移動するため、音階が変わる様子がはっきりとはわかりにくいようですが、ゆえに原調をよく知った方が深く楽しめる楽曲でもあるようです。

前半ではこれらの他にも「平調調子」、それからプレトークでもお話のあった催馬楽「伊勢海」の演奏、さらには「五常楽 急」といった楽曲が奏されました。

改めて「伊勢海」ですが、催馬楽の中でも最も代表的な曲で、御遊でも多く演奏されていた歴史がある楽曲であるそうです。

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伊勢の海のきよき渚に 潮間(しおかい)に 名乗りそや摘まむ 貝や拾はむや 玉や拾はむや
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『新編日本古典文学全集』からのこちらの一節を、雅楽の音色に合わせて皆様が揃って歌われるお姿は、さながら平安貴族の宴を彷彿とさせるようで、時空を超えたかのような不思議な感覚へと誘われました。

なお、前段のご紹介にもあったように、現行の催馬楽は拍子と付歌(斉唱)、付物(笙、篳篥、龍笛の三管と楽箏、琵琶による伴奏)で演奏されますが、この日は平安の御遊をそのまま再現するかたちで、和琴(わごん)をとり入れた特別な編成により、鑑賞させていただくことができました。

【※催馬楽(さいばら)とは、日本各地に伝わる民謡の歌詞に、大陸伝来の唐楽や高麗楽になぞらえられた曲調で歌われるもの】

さらに前半の結び、「五常楽 急」では、演奏が進むにつれて、楽器を徐々に減らしていき、最後に箏のみを残す「残楽」が特徴とのこと。楽曲の最後に近くにつれ、微かながらも箏の音が静かに響きわたる様子は、まことに風流で、心地よい時を届けてくださるかのようでした。

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演奏会の後半は、貴族が自ら楽しむ音楽の集いをイメージして【平安貴族の宴】と題し、当時好まれた名曲を中心に、壱越調調子(いちこつちょうちょうし)、「朗詠 紅葉」、そして最後に、「迦陵頻 破・急」が演奏されました。

漢詩に節をつけた歌物「朗詠」は、高尚で教養を示す物として貴族に好まれ、折々に口ずさまれていたようです。その中から今回は、今の季節感を表現するという意味を込めて「紅葉」が選ばれました。

最後に演奏された「迦陵頻」(かりょうびん)は、前半に演奏された「鳥」の元となった曲。プレトークの中でも語られたように、雅楽の調子は四季とも結びついており、季節にあわせて演奏する曲の調子を選び、その時を楽しむという風流な慣習があったといいます。

実際の演奏では、調子の変化、微妙な移り変わりがあったのでしょう。素人ながら、いつ調子が変わったのか、その変化をはっきりと感じることはできませんでしたが、徐々に音の調子が変わっていく様子は、とても穏やかで柔らかな響きが特徴的で、深く心に染み入りました。

さて、日本文化には、間(あわい)という言葉がありますが、今回の演奏会は全体を通じて、まさに間と間を微妙にうつろい、たゆたっていくような、そのような技が雅楽の中にも生きているのではないか、ということを実感いたしました。

西洋音楽のオーケストラのようにはっきりと表立ってわかる変化は感じられない分、おそらく技術的にも難しく、常人にははかりしれないほど奥深い世界であるのでしょう。しかしその分、微妙な音色の変化を表現するために、演奏者が微細なまでに工夫を凝らし、同時に全体の調和を大切にしながら一つの楽曲を完成させようとする心意気が感じられ、その気高き佇まいからは、先生方の雅楽に対する真摯な姿勢と一音一音に込めたる思いが感じられるようで、深く心を打たれました。

さらには、そうした一音一音がもつ独特の響きや美しさを最大限に引き出すために、ひたむきなまでに音に向き合われようとされているお姿、また一瞬たりとも抜かりのない音へのある種の敬意が感じられた場面もあり、そのご様子にもまた、大変深い感動を覚えました。

また雅楽を構成する楽器の一つひとつが有する、あたたかい音色、深い趣、互いが美しく折り重なることで、命の根源的な響きともいえる調和を生み出すのだということも感じることができ、全体を通して本当に素晴らしい体験をさせていただくことができました。

今回、ご出演された十二音会の皆さまの中から、長年、皇室祭祀などの重要な場面で演奏をされてこられた和琴の豊英秋(ぶんの ひであき)先生、それから本拍子の安齋省吾(あんざい しょうご)先生、人長の大窪永夫(おおくぼ ながお)先生には、今月11月21日に控えております、「白川学館 圀手會 合同 伊勢新嘗祭」にもご出演いただく予定となっております。

白川学館ともご縁をいただいている、そんな先生方の演奏を間近で拝見することのできる、このような大変貴重な機会をいただき、心より感謝しております。

演奏会が催された際には、ぜひお伺いさせていただきたいと思います。


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