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隕鉄刀の美を神器の高みへ! 稀代の刀匠が語る日本刀の神髄 【前編】


こんばんは。
Parole編集部です。

オンラインゲームがきっかけとなった日本刀ブーム。
戦前の日本刀の専門書が復刻されたり、美術館がこぞって日本刀展示イベントをするなど、その人気の勢いは今も顕在です。また、超ヒット作であるアニメ『鬼滅の刃』の物語のなかで、個性豊かな日本刀が登場人物たちの象徴として活躍していることも、このブームを牽引している一因でしょう。

当初、一過性の社会現象で終わると考えられていたこのブームが継続している背景には、日本人が生まれながらにしてもつ「揺るぎない美意識」が働いているように思えてなりません。

日本刀は、めまぐるしく変化する現代社会で日々翻弄されて生きる私たちが求める、変わることのない価値を思い出させてくれる存在なのではないでしょうか。

日本人の心とも言える日本刀は、世界中の美術品愛好家にも高く評価されていますが、なかでも異質な魅力を放つものとして、隕鉄(鉄が多く含まれた隕石)から作られた刀が存在しています。歴史上、以下のものが有名です。

■エジプトのツタンカーメン王のダガー
約3300年前に作られた、長さ34.2cmのダガーで、ツタンカーメン王の副葬品だったもの。現在はカイロ美術館が所蔵。

■インドのムガル皇帝のナイフ

1621年にインド・パンジャーブ州に落ちた鉄隕石から鍛えられたナイフで、長さ26.1cm。皇帝ジャハーンギールが剣を2振作らせたうちの1振り。現在はアメリカのスミソニアン博物館が所蔵。

■ロシア皇帝の剣

1814年にアフリカの喜望峰付近に落ちた鉄隕石で鍛えられたサーベルで、全長72.3cmになる。自然学者ジェームス・ソワビーが製作を依頼し、ロシア皇帝アレクサンダー1世に献上された。現在はロシアのエルミタージュ博物館が所蔵。

■大正天皇の流星刀
戊辰戦争において、旧幕臣として最後まで新政府に抵抗し戦った榎本武揚が当時の皇太子(後の大正天皇)に成人のお祝いとして献上した日本刀。富山県中新川郡・上市川の上流で拾われた隕鉄から作られた。長さ65.1cm。

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隕鉄にはニッケルやクロムなどの非鉄金属が多く含まれるため、通常の日本刀の製作方法でつくることはほぼ不可能と考えられてきました。そのため、これらの作品は、通常の玉鋼(日本刀の原料となる鋼)に隕鉄を混ぜることによって作られています。

しかし、隕鉄のみ100パーセントで日本刀を作るという、不可能を可能にした現代の刀匠がいます。

それが今回ご紹介する、伊藤重光刀匠です。

伊藤刀匠:昭和28年甲府市生まれ。
人間国宝の刀匠・宮入昭平氏と榎本貞吉氏に師事。昭和55年に独立。
日本古来の、砂鉄から鉄を得る(自家精綱の鉄)、たたら製鉄の技法を研究し、さまざまな苦難を乗り越えてその再現に成功。
横綱・稀勢の里の土俵入りの太刀などを作刀。鎌倉末期の相州正宗を彷彿とさせる作品を得意とする。

横綱・稀勢の里関(現・荒磯親方)の太刀についてはこちらをご覧ください。
作刀の映像も含めた貴重な有料記事を、本日から来年1月4日(月)までの期間限定で無料で公開させていただきます。

秘蔵VTR 『横綱太刀物語』 公開!

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秘蔵VTR 『横綱太刀物語』 第1部

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秘蔵VTR 『横綱太刀物語』 第2部

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秘蔵VTR 『横綱太刀物語』 第3部(最終章)

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伊藤刀匠は、現代の刀づくりの常識とは一線を画した独立独歩の道を歩んでこられたことから、日本刀職人のなかでも特別の存在として知られています。

ときには良質の鉄を求めて、3000メートル級のネパールの山に登ったりと、そのこだわりは留まるところを知りません。また、現代の鍛冶職人のなかでも作刀数は群を抜き、独立してからの作刀数は500振を超えます。

そんな “匠のなかの匠”ともいえる伊藤刀工でさえも、100パーセント隕鉄でつくる日本刀(刃渡り137cm、全長195cm)の製作を依頼されたときは、

「これを作るのは無理だ」

と思ったそうです。

ではなぜ、伊藤刀匠は “不可能” を可能にできたのでしょうか。

そのワザの類稀な力量を同じ職人としてよく知る研ぎや彫金の名人はこういいます。

「原料となる鉄へのこだわり、汲めども尽きない研究心は伊藤さんならでは。炭と鋼から自前で作る刀工は今の日本では他にいないでしょう。文字通りの隕鉄から刀剣をつくる第一人者ですよ 」

みなさんも一度は耳にしたことがあるはずの鋼(ハガネ)は、日本刀の原材料となるいわば鉄の塊です。この鉄の塊を自前で用意するとなると、大量の炭と砂鉄が必要で、大変な手間がかかります。

そのため、名工と呼ばれる刀鍛冶の方でも、通常は、すでに塊としてできあがった鉄の純度の高い鋼(公益財団法人 日本美術刀剣保存協会が運営する日刀保たたらが提供しているもので、玉鋼と呼ばれます)を利用します。

ところが——伊藤刀匠は利用しやすいこの玉鋼を使わず、炭作りから鋼づくりまでの一切を自前で用意するというやり方を、刀工として独立して以来、貫き通してきました。

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「結局のところ、刀の元は鉄なんです。その鉄をどうつくるのか。どんな鉄を良しとするのか。そこからもう刀鍛冶それぞれの刀づくりが始まっているんです」

こう語る伊藤刀匠の刀剣づくりは、まず工房の前庭に自前の炭釜をつくるところから始まります。

炭の材料になるのは、裏山から伊藤刀匠自身で切り出した木や、拾い集めてきた廃材。炭ができると、鋼づくりのために別に用意した炉(これも自作)で炭と砂鉄を使い、自分のための、つまり世界にひとつしかない品質の鋼をつくります。

このとき使う砂鉄も、全国各地、ときには海外から取り寄せた良質の砂鉄(砂状になった状態)から、伊藤刀匠がそのつど的確なものを選んで使うといいます。

そうしてできた自前の鋼に火を通すわけですが、伊藤刀匠は、それを鍛錬するときの水、そして波紋を出すための工程である「焼き入れ」に使う水にもこだわります。

特に、別天水を使ったときには、「どんな水を使うかによって波紋の出方が変わってくるんですが、別天水を使ったときも驚きました。こんなふうになるのかと…」と驚いたそうです。(元・横綱稀勢の里(現・荒磯親方)に贈呈した太刀の制作にもこの別天水が使われたことは知る人ぞ知る製作秘話のひとつです)

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こうして、やると決意して製作を始めると、偶然とは思えない後押しが次々と起こり、伊藤刀工は幾多の困難に遭遇しながらも、最初に宣言した完成日に見事、隕鉄100パーセントから作られた太刀にその姿を顕現させることができたのです。(現在、この太刀は真道国際センターがご神体として所蔵)

伊藤刀匠の刀づくりの哲学、職人としての生き方は奥深く、一見、容易には理解できないものにも思えますが、実直そのものといえる氏の有りようと、語られる真摯な言葉は、普段、刀剣に関わりをもたない多くの人々に、深い学びに満ちた世界があることを教えてくれます。

このたび、そんな伊藤刀匠の初の著書『刀匠 伊藤重光の世界〜隕鉄刀 《meteor gladio》の名手 その技と極意〜』(仮題)が発売されることになりました。

「鍛錬に独特の技術を要することから、優れた刀工と呼ばれた先達も容易には手掛けなかった隕鉄刀にあえて挑むのはなぜなのか?」

「なぜ刀工伊藤重光氏は隕鉄刀の第一人者になりえたのか?」

鉄の、刀剣づくりの、そして日本文化の創造史に〝衝撃の一頁〟を刻む本書。

本書を「読むこと」、すなわち「神器である」——

(和器出版の紹介文より)


後編となる次回では、本書に含まれる伊藤刀匠と元横綱・稀勢の里関(現・荒磯親方)との対談から一部抜粋してご紹介しながら、本書の魅力に迫ります。

→【後編】はこちらから



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