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『特攻隊遺詠集』にみる鎮魂歌

執筆:ラボラトリオ研究員:七沢 嶺

海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の
   辺にこそ死なめ 顧みは せじ (『万葉集』巻第十八・四〇九四)

 海を行くならば水に漬かった屍、山を行くならば草むした屍となっても、大君のお側でこそ死のう、我が身を顧みたりはしない。(岩波文庫『万葉集(五)佐竹昭広ら校注より』)

 
 戦争とは特定の指導者、政治家、軍人、市民が責められることではなく、両国の総体により引き起こされる人類史上最大の罪である。大伴氏の長歌の一節が戦争の美化に利用されたか否か、靖国神社を参拝するか否か、特攻隊を肯定するか否か。身命を賭して戦った青年らを前にして、かくも論じる者は何人たりともいないだろう。
 短く刈り込まれた黒い髪、玉のような瞳、若竹のような強くしなやかな体躯。国、家族、仲間の行く末を第一に思う公の精神。その高潔な志は一体何により成るのか。

 時は、昭和十九年十月十九日未明、第一特別神風特攻隊敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊と命名された青年兵らは敵艦へ特攻するべく、無月の空へと飛び立った。連日の天候不良で敵艦発見には至らなかったが、二十五日、遂に空母二、巡洋艦一への特攻が果たされた。その後、第五神風特別攻撃隊まで数え、その他内地で編成された部隊も参加し、翌年一月までに、五三五機が出撃、六五六名が散華した。
 その若き特攻戦死者は、何を思い、空へ飛び立ったのだろうか。六五六名のうち一〇四名・一二一首の辞世が遺されている。本稿では、財団法人特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会編『特攻隊遺詠集』より、いくつかの歌を引用し、死地へ飛び立った青年らの最期の言葉をお伝えしたい。ただし、その辞世が純然たる「真実」であるか否かは読者各人の判断に任せることにする。なぜならば、特攻隊は日本文化の精神と密接に関わり、「志願」か「命令」か、遺族の幸いのために、名誉ある死を選ばざるを得ないことも考えられるからである。本稿が徒に特攻精神を美化する立場にないことをお含みおき願いたい。平和を願い、未来永劫、平安清明なる世界が実現することを切に願うばかりである。
 また、遺詠の大意は附さず、注釈という形をとった。なぜならば、執筆による歪みを最小限にし、当時詠まれたままを正確にお伝えしたいと考えたからである。尚、遺詠の選は特攻隊員やご遺族らの様々な思いを幅広くお伝えできうるものとした。それは、私個人の独断と偏見ではあるが、散華した青年らへ哀悼の誠を捧げんとする強い意志のもとである。

惜しからむ身は浮雲に比すれども任は重し富士がねに似て  西山啓次

少尉、二十歳、新潟、五十七期、鉄心隊、九十九襲、マニラ発進、スルアン島付近
【注釈】任:つとめ。特攻任務のこと。 惜しからむ:「む」は推量。身つまり我が命は浮雲のような軽さ、特攻任務は富士ヶ嶺のような重さ。

海征かば水漬く屍と聞くものを空征く我は白雲と散る  中瀬清久

一飛曹、十九歳、宮城、甲飛十期、第一神風特攻隊若桜隊、零戦、セブ発進、ダバオ海域
【注釈】大伴氏の長歌一節、海行かば水漬く屍、山行かば草生す屍をふまえ、空征かば白雲と散るとして、空で死ぬ我が身を顧みたりはしないと思いを込めた。

よしやよし世をさるとてもわが心御国のためになお尽さばや  大井隆夫

少尉、二十四歳、長野、五十七期、九十九襲、バコロド発進、スリガオ海峡
【注釈】幕末の武士、国司親相の辞世をそのまま自己の思いとした。

決戦に征くる心や秋の空  勝俣静逸

少尉、二十二歳、静岡師範、特操一期一宇隊、マバラカット飛行場よりネグロス島シライ飛行場に向かう途中隊長と共に戦死
【注釈】五七五音の俳句定型の辞世。 秋の空:季語、晴れ上がった澄んだ空であり、特攻を決意した高潔な精神と響きあう情趣がある。

降るにつけ照るにつけても思ふかな我が故郷の父母はいかにと  福田憲海

二飛曹、二十一歳、鹿児島、丙飛十五期、第三神風特攻隊第七櫻井隊、零戦、セブ発進、カモステ海セブに向け西航中の艦船
【注釈】いかに:どのように。

何やらん熱き流れがほとばしり涙おとしぬ壮行の日に  梅原彰

少尉、二十歳、静岡、五十七期、丹心隊長、一式戦、クラーク発進、レイテ湾
【注釈】何やらん:どうしてだろうか。 涙おとしぬ:涙をながした。


たらちねの母の御教え ─ すじに我は征くなり南溟の空  石塚茂

上飛曹、二十二歳、北海道、甲飛七期、神風比島進出第九金剛隊、零戦、マバラカット発進、ミンドロ島周辺
【注釈】たらちねの:母にかかる枕詞。 南溟の空:南方の大海に広がる大空

大空に国の鎮めと散り行かん大和男子の八重の桜と  高橋安吉

一飛曹、二十二歳、新潟、丙飛十二期、増援神風特攻隊月光隊、ミンダナオ海西部を北航中の輸送船団
【注釈】八重桜に大和男子の生き様を重ね、国家の鎮魂、平安清明を願った。

特攻の大命うけて飛ぶ友に帽振る我ぞやがて征くらん  長井正二郎

中尉、二十二歳、東京、東京第一師範予学十三期、増援神風特攻隊第十八金剛隊、零戦、マバラカット発進、ルバング島西方北上中の大攻略部隊
【注釈】ぞ:強意。

血にそみし操縦桿を握りしめ男命の生き甲斐ぞしる  入江千之助

伍長、二十歳、福岡、少飛十三期、皇魂隊、二式複戦、クラーク発進、リンガエン湾
【注釈】操縦桿:特攻機の―。 ぞ:強意。

トンボ追ひし子はいつしかに南海を天翔りつつ敵機撃たむと
              大村秀一(ご母堂の歌集『浮雲』より)

伍長、二十歳、熊本、少飛十三期、謹皇隊、二式複戦、バコロド発進、オルモック湾
【注釈】いつしかに:いつの間にか。


以上。


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【七沢 嶺 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、兄・畑野慶とともに小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。地元山梨の工学部を卒業後、農業、重機操縦者、運転手、看護師、調理師、技術者と様々な仕事を経験する。現在、neten株式会社の技術屋事務として業務を行う傍ら文学の道を志す。専攻は短詩型文学(俳句・短歌)。




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