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『歌会始の儀』にみる気高き精神

執筆:ラボラトリオ研究員  七沢 嶺

令和二年一月一六日、「歌会始の儀」が皇居の宮殿「松の間」で開かれた。

歴史を調べると、人が集い共通の題で歌を詠む歌会は、奈良時代から行われてきたそうである。

宮中行事の歌御会の起源は明らかではないが、宮内庁の公開資料によると鎌倉時代中期、亀山天皇の文永四年(1267年)一月一五日に記録があるとわかる。

宮内庁は短歌を「日本のあらゆる伝統文化の中心をなすもの」と定義しており、歌会始を儀式として重要視していることを汲み取ることができる。

昨年の秋、父・七沢賢治の講話において、皇太子殿下(現・天皇陛下)の歌会始の儀における御歌が引用され、その本義を述べたことは記憶に新しい。

お題「光」
雲間よりさしたる光に導かれわれ登りゆく金峰の峰に
皇太子殿下(現・天皇陛下)

金峰山は、三十年以上山梨県に住む私としては親しい存在である。

もし、金・銀・銅とある場合、もっとも価値のあるものは金であるという印象は私だけであろうか。

ただし、ここでいう価値とは市場経済的な価値を意味しない。
かつて大陸からの漢委奴國王と打たれた金印にも特別な価値を見出すことができるように、金に対する意識は特別なものがあるだろう。

御歌の表面的な解釈は、雲の間から射し入る光に導かれるように、私はその天高く聳える金峰山に登ってゆく、である。

父は、金峰の峰を高御座(天皇の玉座)とみた。
元号の変わる新しい時代に、私は天皇になるという強い意志を表明したのである。時代の指導者としての揺るぎない覚悟を秘めた御歌といえる。

令和初となる今年の歌会始の儀においては、天皇陛下は次の御製を詠まれた。天皇陛下の詠む歌は、「御製」といわれる。
お題は「望」である。

御製
学舎にひびかふ子らの弾む声さやけくあれとひたすら望む

学舎は「まなびや」と読む。

宮内庁の公開資料によれば、子どもたちの集う施設や学校などを訪問した際のことを詠まれたとある。

愛子内親王殿下のことにも触れられている。
子どもたちの将来が明るくなってほしいという祈りの歌である。

「ひたすら」という言葉からその思いの強さをひしひしと感じる。

「さやけし」という言葉は現代ではあまりつかわれなくなった。
漢字では、清けし・明けしと書く。
学研の古語辞典を引用すると、その意味は、「明るい、清い、すがすがしい、きよく澄んでいる」とある。とても美しい言葉である。

古語は我々が忘れているだけであり、先祖代々、精神に刻まれたそれは、国民性にも現れているように思えるのである。

子どもの将来とは、換言すれば、人類の未来である。
御製は、人類を鼓舞する歌であり、同時に人類をつくる言葉である。
私は人類のひとりとして、さやけくありたいと襟を正す思いである。

最後に私事であり誠に恐縮であるが、ひとつの教育事業をご紹介したい。

父・七沢賢治の行う毎月一回の子ども教育は、宮中祭祀を基礎としており、科学から芸術まで多岐にわたるものである。
我々の理念は、天皇陛下御製と響き合うものがあると勝手ながら感じている。


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【七沢 嶺 プロフィール】

祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、兄・畑野慶とともに小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。
地元山梨の工学部を卒業後、農業、重機操縦者、運転手、看護師、調理師、技術者と様々な仕事を経験する。
現在、neten株式会社の技術屋事務として業務を行う傍ら文学の道を志す。専攻は短詩型文学(俳句・短歌)。


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