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言霊小説 『十拳の結び』

執筆:ラボラトリオ研究員  畑野 慶(プロフィールは最後に記載)


名ばかりが変わった時代の、端の端にある小さな村で、八人の男たちが大事業に挑んでいた。

村はずれの小高い丘の上、天を突き刺すような塔の建設である。

目的は雲を掴むような、村の言い伝えにある都市を探し出すこと。
蒼天に浮かび漂う別世界。嘘か誠か、雲の切れ間にそれを見た者がいる。

男たちは翼を持ち得ない。少しずつ積み上げてゆく他に術を知らず、来る日も来る日も汗水たらして働いた。危険を冒して。男のロマンである。

ただ、彼らの意志に因るものではない。暇を持て余す大富豪に雇われてのことである。

彼らには養うべき家族がいる。その為にも疑いは持たないようにしていた。皆そうやって生きている。与えられた仕事のどこかに生きがいを見つけている。嫌なことばかりではない。

彼らの場合、努力した結果は目に見えて、高さになって表れる。手塩にかけて育てた我が子のようになってゆく。

誰かから褒められれば胸を張った。もはや雲の上まで届くか否かが問題ではなかった。合理的に考えても正しいことである。得られる賃金と天秤にかけて。


長閑やかなある日、旅人の女が丘の上までやって来た。
顔立ちは村人のそれと似通っている。顔つきに芯の強さが現れている。

彼女は眼下のしがない家並みを眺め、未完成の搭を仰ぎ見たのち、休憩中の男たちに質問を投げかけた。作る目的は何かと。

表向きの答えはただ一つである。男の一人が天を指差した。自慢げに。そして伝説を語った。

すると女はまたも問いかける。信じているのかと。

男たちは一様に憮然とした。伝説に対するものであると思った。
だが、そうではない。訊いたのは、雲の上まで届くと信じているか、である。

彼女の目には徒労に映っていた。費やしてきた金も時間も労力も、今更切り捨てられない意識になっていると指摘した。

男たちは納得しつつも他人事であった。事業の目的が何にすり替わろうと、言われた通りに作り続けるだけなのだ。もくもくと。

沈黙はまさに金である。止めるべきだと進言でもして、クビになるか仕事そのものがなくなってしまえば一大事である。誇りも失う。

仮に無駄なことであったとしても続けることに意味があった。自明の理であると男たちは信じた。


旅人の女は村に留まった。アルファと名乗る。

盛り場に現れては情緒豊かに歌を披露する。リュートと呼ばれる琵琶に似た弦楽器を奏でながら。

風変りな服装と聴き馴染みのない曲調に、村人の反応は様々であった。歓迎する者。盗人ではないかと疑う者。

無理もない。異邦人が稀なのだ。余所から来る者と言えば、金で村人たちを動かそうとする隣町の資本家ばかり。

何もない村と馬鹿にされる。搭の建設も観光資源にはほど遠い。都会にはその時点で似たような高さの、立ち姿も美しい搭があるからだ。

だが、それを遥かに上回る高さになれば恐らく話は変わってくる。

人の褌で相撲を取ろうとする期待が、言葉を変えて村人たちから集まっていた。働き蟻とも呼ばれるあの八人に。丘の下からはそれほど小さく見えるのだ。

八人の役割ははっきりしている。彼らはそれに無自覚であるが。カの役割、サの役割、タの役割・・・。

仕事を進める順序も入れ替わりなく、駆け出しの頃に教わった通り、カサタナハマヤラの順で体に染みついていた。
なぜ無自覚かと言えば、それぞれの役割や能力を分割して考えることがないからだ。

あくまでも八つが並んで一つ。その一つを真面目に繰り返す。判で押したような日々。仲は良くも悪くもない。

変化を生じさせたのは、休憩時間を見計らってやって来るアルファの存在。癒しの曲を奏でてくれる。旅先で見聞きしたことを教えてくれる。

一人は彼女に影響されて詩を書き始め、別の一人は彼女のリュートに合わせて歌うことが楽しみになり、ついぞなかった芸術の花がほころぶ。
意識して周囲の花にも目を向ける。蒲公英、鈴蘭、桜草。ちょうど季節は春である。

だが、不愉快に思う者が二人。芸術など独り善がりで無駄だと言った。主観を押しつけるなと批判した。

もともと他の六人も似たような考えであったが、アルファによって変わった者と、頑なに変わらない者とに分かれた。

次第に休憩場所も二つに分かれる。
つつがなく流れていた仕事にも影を落とす。情緒的なことで度々滞り、建築は遅々として進まなくなる。定期的に顔を出す依頼主は激怒した。


八人揃って賃金を下げられた頃、アルファはこう言った。
あなたたちは切るべきものを切らなければならないと。
そして刃渡りが握り拳十個分と言われる“十拳剣”の話をした。

その名は男たちも聞いたことがあった。これも伝説である。悲剣としての。

神が我が子の首を撥ねた剣である。

父はイザナギ、子はカグツチ。母はカグツチを産み落とした際の後遺症で亡くなった。イザナギは不幸にも妻を失い、子を自らの手で殺めた。

そんな悲しみを帯びた剣について、なぜ彼女は話をするのか?誰かを殺めろと唆しているのか?・・・いや、違う。

彼女は今置かれた状況を正しく判断する為に、まずは切り分けよと言っていた。それには痛みも伴うことであると言っていた。
その通りだと気づく者と、偉そうにと反発する者と、またも二つに分かれた。


さりとて袂を分かつことはない。八つを順序通り並べる他に発想がないからだ。

進捗状況は改善せず、依頼主は来るたびに鬼のような顔。更に賃金を下られそうな気配である。仲違いしている場合ではない。

打算で結束して、アルファの意見を取り入れてみた。
役割を切り分けて考える。固定概念に疑問を投げかけて役割を入れ替える。最善策は何か?もっと効率の良いやり方はないのか?

試行錯誤を重ねる間、仕事は遅いどころか止まったようになった。
次に来た際にも目立った変化がなければ全員クビと通告され、鬼かイザナギかと男たちは笑った。八人揃って笑うのは久しぶりのことであった。

そして見つける。最適な並びを。タカマハラナヤサ。
同時に、それぞれの役割を自覚したのだ。

建築は劇的に進む。労働時間は自然と減る。鬼を驚かせた。昇給した。

嬉しく思いつつも皆一様に気づいていた。雲の上まで到達することは技術的に不可能であると。

限界に達した時に終わりである。早く作るほどに命を縮めているようなもの。
限界を突破する為には新たな技術を身に付けるか、都会から伝わってくる技術革新を待たねばならない。鬼がその時間を与えてくれるであろうか。

男たちは行き詰った。仕事についても切り分けて考えた。
雲の上の伝説と、そこに近づこうとすることと、搭を作って働くことと、家族を養うことと、すべてが一つになっていた。

どれか一つが無くなれば、すべて無くなってしまう心持ちであった。間違いである。
男たちはアの役割に気づいた。アルファの意見によって始まった。アタカマハラナヤサである。


九人はこれからについて考える。意見を戦わせる。打算によって一致していたものがばらばらに、主観を得たことで九つの違いが自己主張する。

アルファは言った。もう一人足りないのだと。その者を受け入れる為には私たちが気づかなければならないことがあると。

実は彼女にも分からない。それが何であるか。
答えを音楽に求めた。彼女にとっては芸術こそが至高である。
そうやって考えるわけは、彼女のルーツがこの村にあるからだ。

旅の途中に偶然立ち寄ったのではない。そんなことも男たちに明かした。


彼らに初めて会った時から近しい親戚のような感覚であった。共にあの雲の上を目指す者であると。

伝説は来る前から知っていた。夢のように思い描いていた。イソノミヤに違いないと思っていた。
真の自由と、すべての人の平等が実現した理想の国だ。

行ってみたい。その思いを歌に乗せた。男たちの思いも汲み取ろうとした。
歌い続けてきた曲の一人称代名詞を、女が使うものから男のそれに変えた。旋律にも手を加えた。

男たちの胸に響く。共に歌う。
だが、乗り切れない者がやはり二人・・・


八人の男たちの中で、その二人だけが副業を持っている。養うべき家族が多いのだ。鳥の屠殺という口にはできない仕事。

隠し事はそれだけではなかった。家族の一人が隣町の芝居小屋で舞台に立っていることも。ひどい低賃金の、村人からすれば売られた者が立つ場所である。

一方は妹、もう一方は弟。なぜ好き好んで?芸術を毛嫌う理由である。

それでも二人は度々隣町まで舞台を観に行った。田舎者だと蔑まれて悪い席しか与えられないのだが。そんな環境で弟、妹が生きている。

猶更辛くなる。少しでも多く金を渡してやろうと副業に精を出す。布で顔を隠しながら。


曇り空のある日、アルファがその姿を見る。屠殺場で女は珍しい。彼女も生活費が必要なのだ。

なぜ恥ずかしいと二人に問う。食べるも殺生、何が違うのかと。
そして妹、弟の話を聞き、それも恥ずかしくないことと言った。隠すことの方が恥ずかしいと言った。所変われば舞台俳優は憧れの的なのだ。


翌日、良く晴れていた。二人は勇気をもって公開した。恥ずかしいと思っていたことを。仲間たちに。

六人はそれぞれ好意的な反応を見せたのち、口々に己の罪穢れを語り始める。ある者は重い雰囲気にならないように、妻への些細な隠し事を公開して笑いを誘う。

人は十人十色。個性を認め合う他にない。理解ができないこともある。皆が同じ芸術に感動するわけではない。

ただ、その現実を客観視してみる。仲間の思いに寄り添ってみる。腹を割って心から語り合う。批判することは愚かしい。批判を恐れず勇気をもって声に出すべきだ。

さあ歌おう、声を合わせよう。

そうアルファが音頭を取り、リュートを奏でる。九人で歌う。輪になって。皆で手を取り合って。

歌声は遠くまで届き、引き寄せられるようにどこからか女児が現れる。
村人ではない。オメガという不思議な名前。彼女もすんなり輪に加わった。
見ず知らずの子どもも受け入れる“和”ができた。

その瞬間である。和する場から虹が立ち上がり、雲の上まで橋のように繋がった。

アルファが口を開く。皆がそれに合わせて同じ言葉を口にする。足りない一言を加えて。

アタカマハラナヤサワ。

すると十人は光り輝き一本の剣になった。一太刀できることを体で感じた。

切り落とすべきものは分かっている。積み上げてきた、我が子のようなあの塔だ。

切り開け。虹の向こうへ。
十拳剣の冒険が、今ここから始まる。

・・・・・・・・・・

【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。

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