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一茶にあらず

執筆:ラボラトリオ研究員   畑野 慶


“しがついっぴ” の語感は凛として、何かが始まる号令のようだ。

襟を正す思いになるだろうか。反発する思いになるだろうか。

いずれにしても、いっぴという読み方は、やはり四月が良く似合う。


朔太郎はこの日が誕生日である。

詩人の萩原朔太郎と同じで、朔日に生まれたから朔太郎だ。一日は朔日とも言い換えられるわけだが、当初の命名案は一日と書いていっぴだった。苗字は小林である。小林一日である。誤りとしか思えないとか、珍妙すぎるなどと、周囲からケチが付いて一太郎になり、それはワープロソフトだろうと言われて朔太郎になった。

生まれる前はお尻に子が付く名前が用意されていた。エコー検査で女の子だと言われていたからだ。加えて出産予定日は二週間後だった。故に、「嘘だろう?!」と両親はおろか親戚中に言われての誕生だった。


あれから三十年。会社の後輩には「朔さん」と呼ばれる。どうにも語感が酸っぱいのだが、彼はそれを甘受する。愛飲する珈琲の酸味に慣れているからかもしれない。

誕生日の朝は真っ先に出社した。自粛要請を受けても、そう出来ない事情がある。世相は暗く、空もどんより曇っているが、やや迂回路になる薄紅色のトンネルを通り、今日から再スタートという心持ちである。咲く太郎だと勘違いされがちなのは、例年桜も祝ってくれるからだ。

社内は淡々と時間が流れていた。誰もいなくて当然の朝七時過ぎである。給湯室の水回りを片付けて、ゆっくり珈琲を淹れていると、思いのほか早く、二人の後輩がやってきた。どちらも二十代半ばの、別の部署に所属する男性社員である。口元にマスクを付けているのは、花粉のせいではない。

「あっ、お誕生日おめでとうございます」

朝の挨拶よりも先だった。覚えていたのかと驚き、照れながら礼を言った後、近況をざっくり訊いて話を繋げた。彼らは去年入社した子の指導が大変だと言った。非常識かつ無教養という嘆きである。最近の若者は・・・と言いたげな、まさかの口ぶりである。

「二十日が分らないんですよ。は、つ、か、と聞いて、八日だと思ってたんです」

「はつ・・・なるほどね」

「だから僕は聞きましたよ。ようかは何日なんだとね。そうしたら笑われましたよ」

「なぜ?」

「ようじゃなくて、よんでしょうと。そう言ったんですよ」

朔太郎は笑いをもらして、さすがに話を盛っていると思った。すると、もう一人の後輩が口を開いた。

「今日うちの部署に来る新人がいるんですよ。僕は先日の研修で会ってるんですけど、宇宙から来ましたって自己紹介されて面食らいましたよ。しかも真顔で故郷について語るんです」

「ほう、宇宙か」

「信じられます?」

「信じるというより知っているよ。今日はエイプリルフールだってね」

三人は顔を見合わせて、にやりと目で笑った。明るく振舞おうとする気遣いが通じ合っていた。

「私は嘘が嫌いなんだ。こんな日に生まれてしまったからね。初めて顔を合わせた母親に嘘だろうって言われたんだ。今でも覚えているよ」

「僕も今言っていいでしょうか?」

「嘘か真かは君たち次第。私の意識は度々銀河にのぼるんだ」

「あら?朔さんも宇宙人でしたか?」

「さにあらず。私は銀河人だよ」

その違いは知る人ぞ知る。語感と同様に辞書で調べても分らないのだ。

朔太郎はぽかんとする後輩二人に熱っぽく語った。銀河人という光に満ちた概念を。


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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。

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