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あ・かるい貧乏のススメ その1

執筆:ラボラトリオ研究員  杉山 彰

ビンボーなんか恐くない。だけど、ビンボーは恐いゾ

と、力強く、明かるく、軽快に、叫びまくっている私は、はっきりいってビンボーです。しかし、今の私のビンボーは、あかるいビンボーです。このことはかなり自慢できるところです。しかし、困った困った。なにしろ、私にはお金があったのです。お金があったから、お金があったときの私がとても可愛いのです。これは当然です。はっきり言って、たった今の私は威張っています。そこで、この威勢のいいところで、この際、みっちり反省してみようと思ったしだいです。

まず、反省の〈その1〉。
お金を使いすぎたことは後悔しないゾ、と、りっぱな決意をみんなに観せてしまおう、と。だって、使ってしまったモノは、いまさら何を言っても戻ってこないのだし。お金を使ってムチャクチャいい思いをしたことが、それこそ山ほどあるのに、その思いを重いと言ったら、お金がかわいそう。お金は本当の悪者ではありません。ウソの悪者です。本当の悪者は人間関係を割るモノ。ココロとココロをコロコロ割るモノです。これが、あかるく反省してみる、の始まりの反省の〈その1〉。後悔しない、後悔するです。

次に、反省の〈その2〉
ビンボーは恐くない、じゃなかった。ビンボーは恐いことだと自覚しよう。字書くしよう。やっぱり反省には字を書く時間と場所が必要である。字を書くのが嫌いな人は、絵を描こう。絵を描くことが嫌いな人は、状況を頭の中にかいてみよう。頭の外は掻いてみよう。そのビンボーは、いったい、いつ始まったのか。どこで始まったのか。そして、どのように弾んで、勝手に飛んでいってしまったのか。思い当たる節が見つかったら、そこが、今のあなたの底。底をうった始まりの場所です。節見とか、節目とか、節芽とでも言うんでしょうか。なにしろ、底が見つからないことには反省は始まりません。端が閉まりません。反省の半生がなければ、次の半生への反省は生まれないのであ~る。

おっと、危うく忘れそうになった。ビンボーの反省が半生が・・・。当然、結論は、はっきりしています。問答無用でお金を使いすぎたこと。でも、お金があったから使いすぎたので、なにも、無かったお金を使いこんだ訳じゃない。私の場合は、ここは自慢してもいい。しかし個々にしろよ。初めは確かにあったのです。途中でも、確かにあったはずだったのです。最後には、確かに「あるんだよ、信じろ」、と思わず〈be〉動詞を使った命令形で〈be〉lieve、と叫んで・・・。ついにおしまいになってしまっただけです。その瞬間、ビンボーに負けた、ビンボーの虜になってしまった。つまり、勝負はついてしまったかに見えているのが、今の自分である、と自分で公開して、自分で後悔して、次のビンボーとは、絶対、更改しないぞ、と反省の第一歩を踏み出そうとしているであ~る。これが反省の〈その3〉。恐くない、恐いです。

そして、反省の〈その4〉に続く。 
ビンボーになっても困らないゾ、だけど困るゾ。とにもかくにも、今のビンボーは人がいいのである。人を食わないのである。その証拠に、ビンボーになった人の話で、喰うに困った話は飛び交っていない。空を仰いで苦うに困っているだけである。毎晩、豪華な食事はできないゾ。とっかえひっかえ新しい洋服は買えないゾ。思いたっても買えないゾ。羽振りも、使いっぷりも、粋がりも、できないゾ。でも、おいしいご飯は、つくれば食べられるし、安あがりだし・・・。

着る服がないということも、今までさんざん買いまくったんだから、ま、心配はないし・・・。それに、いろいろ、好き勝手に、無節操に、やりたい放題に遊びまくったんだから、楽しい思いで話には事欠かないし・・・。つまり退屈しないし・・・。いったいビンボーのどこが困るんだ。でも、困るんですよね。忘れられないのです。使った使った使いまくった、が刺激的なんですよね。金がなければカードがある。かっこいい。カードがなければ信用がある。男らしい。信用がなければ嘘がある。オトナじゃーん。嘘がなければ、泣きがある。かわいーい。泣きがなくなったら・・・。というわけで、イノチがカチカチに乾いてしまったのに、すぐ勢いついてしまう自分が可愛い、じゃなかった怖い。これが反省の〈その4〉。困らない、困るです。

さらに反省の〈その5〉。
ココロが揺らぐことを、とにかく止める。どうしよういやああしようこうしよういやそうしようどうしよう。ココロの揺らぎは切りがない、永久運動です。それに、止まらないモノをいつまでもココロの中に抱えていると、ココロはエネルギーを使い果たして疲労します。ココロが疲労すると、カラダが疲労します。カラダの披露は目にみえて、雌にみられて解るから、もちろん、雄にもみられて判るから、回りの友達から湧かれるように言われます。「ちょっと、このごろおかしいんじゃないの」。その瞬間、妙に自信に満ちていたココロとカラダの疲労の自覚が、稟とした確信に変わります。自信が確信に変わると人間は、おかしくなるぐらい笑えます、じゃない。強くなれます。するときわだってきます。まず、パチーン、と我慢のヒューズの一つも切れてくれます。シューッ、と理性の蒸気も吹きだしてくれます。ガラガラ、とココロのバランスも気分よく崩れ始めてくれます。こうなると人間は凄い。強くなる。「矢でも鉄砲でも持ってこい」。弾みがつきます。これは私自身が自信を持って断言できる。なにしろ止まらない。着いて突いて衝いて吐きまくって、尽きまくってしまうまで止まらない。このことが、今、流行っている揺らぎの現実です。

この揺らぎをなんとか止めないことには、ビンボーは、ますます調子に乗ります。まず、胸を開いて、大きく息を吸ってみること。委棄じゃありません。息とともにビンボーを呼吸するのです。するとビンボーは、やがて息とともに、意気に変わり、活きになり、粋に変わって、域になります。場になります。ビンボーとの折り合いの場が見えてくるのです。そのときが、ココロの揺らぎを少しづつ緩やかにして、だんだんと揺るぎないものにするの、ときところなのです。いったいビンボーになって、何に困っていなくて、何に困っているんだ。いったいビンボーになって、何が出来て、何が出来なくなったんだ。いったいビンボーになって、何の将来が見えていて、何の将来が見えなくなったんだ・・・。 「あれ、何も変わっていないゾ。ビンボーがいるだけだ」。揺らぎがなくなれば、ココロのエネルギーを使うことがありません。ココロのエネルギーを浪費しなければ、ココロもカラダも疲労しない。当然、元気が出る。元気が出ればしめたもの。頑張る。頑張り始めると、こんどは回りの友達がいってくれます。「元気そうね。うれしそうね。うまくいってるんでしょう」。突然、元気が革新するじゃない、元気の核心をつくじゃない、元気を確信してしまうのです。これが反省の〈その5〉。揺らがない、揺らぐです。(つづく)

 その2はこちら →

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【杉山 彰(すぎやま あきら)プロフィール】

◎立命館大学 産業社会学部卒
 1974年、(株)タイムにコピーライターとして入社。
 以後(株)タイムに10年間勤務した後、杉山彰事務所を主宰。
 1990年、株式会社 JCN研究所を設立
 1993年、株式会社CSK関連会社 
 日本レジホンシステムズ(ナレッジモデリング株式会社の前身)と
 マーケティング顧問契約を締結
 ※この時期に、七沢先生との知遇を得て、現在に至る。
 1995年、松下電器産業(株)開発本部・映像音響情報研究所の
 コンセプトメーカーとして顧問契約(技術支援業務契約)を締結。
 2010年、株式会社 JCN研究所を休眠、現在に至る。

◎〈作成論文&レポート〉
 ・「マトリックス・マネージメント」
 ・「オープンマインド・ヒューマン・ネットワーキング」
 ・「コンピュータの中の日本語」
 ・「新・遺伝的アルゴリズム論」
 ・「知識社会におけるヒューマンネットワーキング経営の在り方」
 ・「人間と夢」 等

◎〈開発システム〉
 ・コンピュータにおける日本語処理機能としての
  カナ漢字置換装置・JCN〈愛(ai)〉
 ・置換アルゴリズムの応用システム「TAO/TIME認証システム」
 ・TAO時計装置

◎〈出願特許〉
 ・「カナ漢字自動置換システム」
 ・「新・遺伝的アルゴリズムによる、漢字混じり文章生成装置」
 ・「アナログ計時とディジタル計時と絶対時間を同時共時に
   計測表示できるTAO時計装置」
 ・「音符システムを活用した、新・中間言語アルゴリズム」
 ・「時間軸をキーデータとする、システム辞書の生成方法」
 ・「利用履歴データをID化した、新・ファイル管理システム」等

◎〈取得特許〉
 「TAO時計装置」(米国特許)、
 「TAO・TIME認証システム」(国際特許) 等

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