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夏の衣替え

執筆:ラボラトリオ研究員   畑野 慶

 ついり前の汗ばむ陽気。ゆきかう人々の装いはかろやかになり、白が目立つようになりました。白シャツは夏の季語です。飛鳥時代の持統天皇は、「春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山」という歌をのこしています。緑したたる山に、洗濯した白い衣がひるがえる様子を見て、持統天皇は夏を感じたようです。その感覚は、現代人といささかも変わりません。緑と白の取りあわせは、この時期を象徴するかのようで、山のなかで咲く花も白がおおいです。自然も人も、春から夏へ“ころもがえ”。それは昔、こうい(更衣)と言ったそうですが、天皇の着替えをつかさどる役の女官が、後にそう呼ばれるようになったので、いまでも使われる衣替えへと、言葉の衣替えをしたそうです。

 私はいま、衣替えをテーマに執筆しています。原稿用紙五六枚で何かみじかい小説をと、編集の方はおっしゃっていたのですが、ご覧のとおり小説らしいお話になる気配がありません。おひき受けした際は、今年も急に暑くなりましたから、春服が泣いているっていう題名で、おしゃれ女子の嘆きをお話にしようとしたのですが、頭のなかで漠然としたまま上手くまとまりませんでした。そうして、気のむくままに書きはじめてみました。けれど、それでいいのかなって思います。お話にならなかったお話として。いま思いついたオチは、編集の方が最後にこう言うのです。お話になりませんねって。我ながらつまらないのですが、作家の日常をきり取ると、そんな時もあります。ですからこれは、現実味のつよい小説になると信じて、筆をすすめましょう。

 私は先日、先生とお慕いする方から、宇宙は一筆書きだとお聞きしました。それで、ふと思ったことは、人の一生も同じだということです。すべては一続きにつながっていて、書き直しはできませんから。一度出した言葉も戻せません。いいえ、出した言葉は自分に戻ってまいります。人の悪口を言ってはなりません。言霊は真理ですから。その扱いにもとめられる素養は、誠実と品位でありましょう。私見になりますが、日本の男性に口重な方がおおいのは、そのためです。言葉を大切に扱われる方ほど、かるがるしく声をかけてまいりません。欧米人をまねても様になりませんから、プレイボーイきどりの男性はよくよく鏡を見ていただきたいと思います。

 あまりに恥ずかしくて、書き直したいような失敗って誰にでもあると思います。けれど、もしもそれを書き直すことができたなら、成長はないのかもしれません。私も服装ではずいぶんと失敗してきました。特におしゃれを意識しはじめた若いころです。恥をかいて、学びを積みかさねた昨今でも失敗して、春服を買いすぎたりします。無理をしてまだ寒い日や、もう暑い日にそれを着て、体調をくずすこともあります。学生のころは、六月一日に衣替えでした。ぱっと一斉に、ある意味不自然にきり替わるのです。私は夏の制服がいやでした。諸事情により。くわえて、肌寒い日であってもその日をさかいに変えなければならない悪習です。当時の学校はそんな感じでした。いい思い出はありません。

 ただ、衣替えっていい言葉です。衣という古風なひびきが、まだ息づいているというか、古めかしくありません。日常のお着替えを衣替えとは言いませんから、季節感もおびています。ということは、冷暖房のますますの普及により、お店の衣替えなどと、派生した使われ方しかのこらない恐れがあります。すでに一年中似たような服装の方っていらっしゃいます。異常気象がおおくて、ただでさえ四季を感じにくくなっています。季節感のある言葉が危険にさらされています。使う言葉が貧相になってよいわけがありません。派生した使われ方も、リメイクやらリフォームやらと、乱暴にカタカナ変換した外来語に侵食されています。ですから、衣替えという品位ある言葉は、これからも長く息づいてほしいと思います。

 いましがた、雨がぽつぽつと降りはじめました。天気予報によると、この雨は長続きしませんが、昨日はついりに備えてあたらしい傘を買いました。少しおおきめで、開くと気分がはなやぐような空色です。雨をうとましがらず、逆に待ち遠しくなるようなものを買っておきたかったですし、傘泥棒は無個性なものを狙ううえに、男性がおおいので、女性的なものは防犯にもなります。小汚いというか、粗雑に扱った傘はよく盗まれます。くだんの編集の方が、身をもって教えてくださいました。ようは、品位あるものは残るということです。彼女は傘といえばビニールのあれ。使い捨てにするようなものをお持ちになっています。身なりをあまり構わない方です。地味というより正直だらしないのです。そんな彼女が衣替えをテーマにっておっしゃったのですから・・・ああ、そうです。彼女を衣替えするお話でよかったのです。さえない編集の方を内心小馬鹿にして、処分するつもりの服をおゆずりした結果、罰があたるというお話です。実際は馬鹿にしていませんから、考えたことを彼女におつたえして、身なりがだらしないと思っていることを告白しましょう。この作品を通じて。きっと笑ってくれます。ただ、原稿としては失敗かもしれません。もうじき彼女はやってこられます。

 そうして、お見せしたうえで書き加えます。その日顔をあわせた瞬間、彼女は視線を落としてこうおっしゃいました。どうかしら?って。私は失笑せざるをえませんでした。

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【畑野 慶 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。そこでの経験が、表現することの探求に発展し、言葉の美について考えるようになる。言霊学の第一人者である七沢代表との出会いは、運命的に前述の劇団を通じてのものであり、自然と代表から教えを受けるようになる。現在、neten株式会社所属。

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