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文化に通底する銀河の漣

執筆:ラボラトリオ研究員  七沢 嶺


私は、銀河の中心にいて、その漣に触れたのである。まるで、遥か遠い場所からの鳳笙(ほうしょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)の跳動である。篳篥は大地を固め、鳳笙は天を開き、その間に龍笛が轟いた。刹那の体験である。
その絵画を前に、私は確かに銀河を旅したのであった。

数年前、山梨県甲府市で開かれた、白川学館主催の雅楽演奏会では、鳳笙、篳篥、龍笛の三種の管楽器による演奏であった。私は音楽に疎く、芸術の才もないのだが、技術者の信条として楽器の構造を知りたいと思った。鳳笙の美しい音色はどのような構造によって生み出されているのか。

私の所属するneten株式会社は、宇宙工学の専門家であり、鳳笙の奏者でもある方とご縁がある。その方と、製品開発の共同研究をしていた折に、鳳笙について教授していただいた。

丈の異なる複数の竹管を天に伸ばした形状は、翼を休める鳳凰の姿を模しているそうだ。また、吹き込まれた息を物理振動に変換するための振動板が組み込まれている。氏の鳳笙は、その振動板の原料が古の銅鑼なのである。私は吃驚すると同時に、ある話を思い出した。

それは日本の伝統的な刃物板金の世界である。明治時代につかわれた船の鎖が、軟鉄の貴重な材料として活用されているのである。日本の刃物は伝統的に、鋼のみからつくることはしない。鋼のみでは、硬いが脆く、斬撃や打突といった外部からの衝撃に耐えることはできない。

基礎となる金属は、軟鉄であり、そこに超硬の鋼をあわせるのである。これにより、しなやかな強さが生まれる。まるで竹のような柔と剛のしなやかな強さである。その軟鉄に最適な材が、明治時代の鎖なのである。また、隕鉄という太古の材が、ときに最も価値あるものとして利用されることも同様である。ただし、それらが世界で類をみないほどに高度な技術に支えられていることは強調しておきたい。

脱線してしまったが、鳳笙の振動板は、古の銅鑼が美しい音色を引き出しているのである。銅鑼は、その役割として幾度も叩かれる。長年に渡るその衝撃、つまり鍛錬が金属構造を緻密に変化させ、良質な振動を生み出すのである。

ラボラトリオ代表・七沢賢治氏は、人類の文化をさらなる高みに据えるべく、果ては平安清明の世界を実現すべく、新たな試みをおこなった。その挑戦は昨年末に、チタン製の鳳笙という人類初の楽器として結実したのである。

実は、この挑戦よりも遡ること数年、オーストラリア原住民アボリジニーの伝統楽器 “ディジュリドゥ” をチタン製に再設計し、完成させたのである。

古と今の技術が統合されたその音色は、天地を轟かせるに十分であった。その漣は、アボリジニーの魂のみならず、かの大地を鎮めたのである。

これらの活動、試みは、世界の有識者に認められ、とある絵画作品が、白川学館のもとへ来ることになった。

200302_アボリジニーの絵16

横幅二メートル近い大きな絵画である。天窓からの陽光に浮かび、天の川と思われるその銀色の筋は、まるで稲妻のように群青世界を貫いている。私が子どもの頃より想像する天の川とは異なる雰囲気である。日本の急峻な山々を下る荒々しい滝のようでもあり、天を翔ける龍のようでもある。

その背後にある虚空は、青色で深い。日本画家・東山魁夷氏や平山郁夫氏の青と似て非なる冷静さがある。白、黒、青の点を幾つも重ねたと思われる複雑な点描は、品位と迫力をそなえた荘厳美がある。天の川の中途には赤々とした星が七つ寄り合うように燃えている。そこから離れたところに、似た赤い星がぽつんとある。赤い星は何の象徴なのだろうか。

この絵画はアボリジニーの神話『天の川と七人姉妹』を描いたものである。作者は、アボリジニーの血を引く画家ガブリエラ・ポッサム氏である。

遥か太古、オーストラリアの中央砂漠でワティ・ニュイルというよこしまな男が、七人の美しい姉妹を誘惑して自分のものにしてしまおうと常に追いかけていたところ、七人姉妹はその男をひどく恐れて洞窟に隠れたりして逃げ回っていたのだが、男は次々に変装しながら執拗に姉妹に付きまとって行った。ある日、とうとう男から逃れられなくなった七人姉妹は天の川へ逃げ、プレアデス星座(おうし座の散界星団)の七つの星となった。彼女たちはそれでやっと安心して休めるようになり、上空から地上の女性たちを眺めていたところ、またもやワティ・ニュイルが姉妹を追いかけて天の上まで昇り上がってきて自分はオリオン座の星となった。しかしながら夜空を移動する姉妹たちにオリオン座はどうやっても近づけなかったという。
(CERTIFICATE OF AUTHENTICITY Milky Way Dreaming 天の川の物語より)

この物語は太古に創られたにも関わらず、現代科学に矛盾しない結論で締められている。ワティ・ニュイルが七人の姉妹に追いつくことができない理由は、銀河の運動法則に根拠を置いているように思えるのである。これは偶然ではなく、アボリジニーの智慧によるものではないだろうか。古からの自然との対話により、星の運行を把握していたのかもしれない。

天の川は、日本の短詩形文学の世界においても、寓話的なものから核心的なものまで様々に表現されてきた。平安時代から令和に至るまで、いくつかを以下に紹介したい。

 天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ  柿本人麻呂
 十六夜の天渡りゆく櫓音かな  河原枇杷男
 荒海や佐渡によこたふ天河  松尾芭蕉
 あかつきを拒みて伊勢の天の川  鷹羽狩行
 天の川怒濤のごとし人の死へ  加藤楸邨
 天の川この世の果に旅寝して  長谷川櫂

天という海に雲の波が立っている。月の船は星の林を漕ぎ進み、隠れては見える。私は、これほど幻想的な短歌を他に知らない。引用した他の俳句も同様である。

天の川をモティーフにした文化は世界中に散らばった星のように瞬いているのではないだろうか。そして、その星々はまるで意志をもつかのように、美しく運行している。絵画、雅楽、短歌、俳句のみならず、人類の意識に通底する銀河の物語はまだ始まったばかりかもしれない。


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【七沢 嶺 プロフィール】
祖父が脚本を手掛けていた甲府放送児童劇団にて、兄・畑野慶とともに小学二年からの六年間、週末は演劇に親しむ。
地元山梨の工学部を卒業後、農業、重機操縦者、運転手、看護師、調理師、技術者と様々な仕事を経験する。
現在、neten株式会社の技術屋事務として業務を行う傍ら文学の道を志す。専攻は短詩型文学(俳句・短歌)。


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